文部科学省科学研究費補助金基盤研究S

 
研 究 目 的

研究課題

アジア途上地域におけるPOPs候補物質の汚染実態解明と生態影響評価

研究期間

平成20〜24年度

研究目的

POPs候補物質によるアジア途上地域の環境・生態系汚染実態および影響評価の基礎データを集積・解析し、環境改善や対策技術構築のための科学的根拠を提示する。

研究の学術的背景
 残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)が2004年5月に発効し、ポリ塩化ビフェニール(PCBs)など12種類の有機塩素化合物について、生産・使用の規制や非意図的生成の削減が世界規模で実行されることになった。条約の対象となったPOPsのほとんどは、先進諸国および多くの途上国ですでに生産・使用・流通が禁止され、その環境汚染レベルは低減傾向にある。一方、現在生産・使用されている物質の中には、既存のPOPsに物理化学的性質が類似し、地球規模での汚染の拡大と生態リスクが懸念される物質、すなわち「POPs候補物質」があり、POPs条約締約国会議において対象物質に加えるよう提案され、国際的に本格的な規制が検討される段階に至っている。例えば電子・電気機器やプラスチック製品に含まれる有機臭素系難燃剤や撥水材、表面処理剤、消化剤等として利用されている有機フッ素化合物は、最近までヒトや環境中の汚染レベルが上昇し、その動向について大きな学術的・社会的関心を集めている。しかしながら、これら新規に登場したPOPs候補物質のモニタリング調査やリスク評価の研究は欧米や日本などの先進諸国が中心で、途上国の汚染実態はほとんど明らかにされていない。経済成長の著しいアジアの途上国では、廃棄物の不適正処理や公害の発生、深刻化する化学汚染などが報告されており、今後POPs候補物質による汚染も顕在化する怖れがある。

 平成16年度〜19年度の間に実施した基盤研究(A)「有機臭素系難燃剤PBDEsによる広域汚染・生物蓄積の実態解明と生態影響評価に関する研究」により、途上国において相当量のPBDEs(ポリ臭素化ジフェニールエーテル)が使用されその環境汚染が拡大していること、都市近郊のゴミ集積場や電子・電気機器廃棄物処理場が大きな汚染源となっていること等の研究結果を得た。この研究ではPBDEsのみを対象としたが、他の臭素系難燃剤や有機フッ素化合物、重金属類による汚染の可能性に加え、廃棄物の燃焼に伴う塩素化ダイオキシン、臭素化ダイオキシン、そしてミックスハロゲン等のダイオキシン類の生成が一部の試料で確認されるに至り、第三世界の物流と廃棄物処理に関わる化学物質の環境問題、すなわち途上地域における多様なPOPs候補物質のモニタリング手法開発と環境・生態系汚染の実態・歴史トレンドの解明、さらにこの種の物質による生態影響・リスク評価に関する発展的研究の必要性が認識され、本申請課題の着想に至った。

何をどこまで明らかにするのか
 本研究では、現在大きな学術的・社会的関心を集めているPOPs候補物質すなわちPBDEs(ポリ臭素化ジフェニールエーテル)やHBCDs(ヘキサブロモシクロドデカン)などの有機臭素系難燃剤およびPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)などの有機フッ素化合物、重金属類、さらには非意図的生成物質の塩素化および臭素化ダイオキシン類などに注目し、アジアの途上地域を中心にその汚染実態の解明、環境動態解析、生物濃縮、経年変化等の究明を試みる。

期待される結果と意義

  1. アジアをリードし、世界を凌駕する新規性の高い研究成果を創出⇒ 途上国POPs研究の先導的拠点を形成
  2. POPs候補物質の選定やモニタリング法・管理方策等にかかわる合意形成のための科学的根拠を提示⇒ POPs条約の円滑な履行と新規POPsの合理的な策定に寄与
  3. POPs関連物質の監視・排出動態予測・リスク評価・環境保全・安全管理にかかわる基礎情報を途上国研究者と行政に提供⇒ 途上国の環境改善、地球汚染と生態リスクの低減に貢献
  4. 途上国研究者人税ネットワークの充実・拡大、継続的なモニタリング体制の構築⇒ 国際共同研究の進展と途上国の学術レベルの向上に寄与

研究者一覧

研究代表者
田辺 信介 愛媛大学CMES 教授 総括/環境汚染実態・歴史トレンドの解明
研究分担者
岩田 久人 愛媛大学CMES 教授 生態汚染の解明とリスク評価
高菅 卓三 愛媛大学CMES 客員教授 分析法の開発
高橋 真 愛媛大学CMES 准教授 排出源の解析と生物濃縮の態様解明
仲山 慶 愛媛大学CMES 助教 マイクロアレイによる影響評価
滝上 英孝 国立環境研究所 主任研究員 バイオアッセイによる影響評価
連携研究者
磯部 友彦 愛媛大学CMES 上級研究員 BFRの汚染実態と歴史トレンドの解明
鈴木 剛 愛媛大学CMES 学振SPD 未知物質のバイオアッセイ解析
研究協力者
Kannan,K. ニューヨーク州立大学 教授 有機フッ素化合物の汚染実態解明
Viet,P.H ハノイ国立大学 教授 ベトナム環境調査の協力
Prudente,M ラサール大学 教授 フィリピン環境調査の協力
Subramanian,A. 愛媛大学CMES 特命教授 インド環境調査の協力
Sudaryanto,A. 愛媛大学CMES 学振PD インドネシア環境調査の協力
Ramu,K 愛媛大学CMES 学振PD 生物蓄積の特徴解明に関する研究協力
染矢 雅之 愛媛大学院理工 DC ハロゲン化ダイオキシン類分析の研究協力



研 究 計 画 ・ 方 法

サブテーマ1:分析法の開発

  • 既存POPs・重金属類:従来法を適用
  • 臭素系難燃剤PBDEs:既存の方法を一部改良
  • 臭素系難燃剤HBCDs・有機フッ素化合物PFOS:LC-MS/MSを用いた分析法を開発
  • 臭素系・ミックスハロゲンダイオキシン類・ナフタレン類:HR-GC-MS, GC-TOFMSを駆使した分析法を開発
  • 未知の活性物質:TIEアプローチ(バイオアッセイ/マイクロアレイ等と化学分析の統合評価)による同定・定量
  • 測定制度:分析機関間の相互検定により確認

サブテーマ2:広域汚染の実態解明

  • 陸域汚染:土壌、ヒトの母乳・毛髪試料などを用いて途上国および先進国の汚染分布の特徴を解析
  • 沿岸汚染:堆積物、魚類、二枚貝のイガイを供試して沿岸への汚染流出の態様を理解
  • 近海および外洋汚染:回遊魚・鯨類などの保存試料を活用し、地球汚染の実態を把握
  • 途上地域の特徴:工業化/経済成長等との関連
  • 環境動態:モニタリング結果を統合し、広域拡散の特徴(地球汚染型/地域汚染型)を解明

サブテーマ3:廃棄物投棄場等汚染源の解析

  • 汚染源@:都市ゴミ集積場、電子・電気機器廃棄場、屋外の汚染源調査、土壌・堆積物・母乳・毛髪・尿・養殖魚などを供試
  • 汚染源A:住環境・職場環境・リサイクル施設など屋内暴露源の調査、大気試料・ハウスダスト・毛髪・食品などを供試
  • 発生源からの排出挙動解析:非制御型廃棄物処理にともなう環境流出や動態の理解
  • ヒトの暴露源解析:途上国と先進国の差異を検証

サブテーマ4:生物蓄積の特徴

  • 蓄積特性:年齢・性・食性・回遊など生物学的・生態学的要因による蓄積の特徴を解明、鯨類・鰭脚類・鳥類等を供試
  • 生物凝縮:捕食者−被捕食者の間における蓄積量の差異から生物凝縮の機作および種特異性を解析、カワウとその餌生物を供試
  • 代謝・分解機能:PCBsの代謝物を測定し、動物種による代謝機能の差異を検証、陸上(タヌキなど)および海生動物(鯨類・鰭脚類)を供試

サブテーマ5:バイオアッセイ/マイクロアレイによる影響評価

  • DR-CALUX(Ah受容体バイオアッセイ)を用いてダイオキシン類縁化合物のTEQ(毒性当量)を求め、科学分析によって得られた各物質のTEQと比較、その毒性寄与を解析
  • TIE(毒性同定評価法)アプローチにより、未知活性物質の検索・同定・定量
  • 発生源の土壌・堆積物、環境の生物試料に適用
  • カワウ・ミンククジラ。バイカルアザラシのマイクロアレイを活用して有害物質の暴露を受けている遺伝子群を検索

サブテーマ6:汚染の過去復元と将来予測

  • 陸域汚染の復元:バイカルアザラシの保存試料を供試(1992〜)
  • 沿岸汚染の復元:東京湾・マニラ湾の堆積物、香港のスナメリを利用(過去半世紀)
  • 近海および外洋汚染の復元:小型鯨類(カズハゴンドウ、スジイルカ)の保存試料を供試(1980年代〜)
  • 生物環境試料バンク(es-BANK)の保存試料を有効に活用
  • 汚染の経時的推移から将来の動向を予測


上)機器分析
下)バイオアッセイ

左)イガイ 右)母乳

廃棄物投棄場

電子・電機機器廃棄物

バイカルアザラシの異常

東京湾堆積物試料


研 究 実 績

‐平成20年度‐
 初年度は、既存物質の分析法の整備、新規臭素系難燃剤等の分析法の開発と適用、リスク評価法の開発と検証および海洋汚染の実態解明に関する研究を実施した。
 臭素系難燃剤HBCDsの各異性体(α,β,γ)についてLC-MS/MSによる分析法を開発し、日本や他のアジア沿岸域から採取した二枚貝(イガイ)の残留濃度を測定した。 その結果、アジア沿岸域の中でも日本におけるHBCDs汚染が顕在化していることが明らかとなった。さらにPFOSやPFOAなどパーフルオロ化合物9種についてもLC-MS/MSによる分析法を確立し、北太平洋や日本海・東シナ海・インド洋の沖合・外洋域から採取したカツオ肝臓中の濃度を測定した。 その結果、測定した全ての検体からPFOSやPFUnDAが検出され、この種の物質よる外洋域への汚染拡大が明らかとなった。また、長鎖のパーフルオロ化合物であるPFUnDAの濃度は東アジアの沖合域で高く、これら物質の発生源が先進工業国から東アジア地域に移動していることを示唆した。
 さらに、PCB代謝物である水酸化PCBの分析法を開発するとともに、未知物質とくにに有機ハロゲン化合物の検索・同定にGC-(HR)TOFMSが有用であることを確認した。 カワウやアホウドリ・ハシブトガラスのAHRを導入したレポーター遺伝子アッセイを構築してダイオキシン類によるCYP1A転写活性化を測定し、各生物種固有の毒性等価係数を 提示した。 またAHRやER・AR・GR・TRを導入したDR-CALUXアッセイ法を用いて堆積物試料に含まれる化学物質のアゴニストおよびアンタゴニスト活性を測定したところ、臭素系難燃剤による活性寄与が示唆された。 さらにカワウの遺伝子を搭載したマイクロアレイを作製し、化学汚染の影響を判別する統計学的手法を開発した。

H20年度実績リスト

‐平成21年度‐
 POPs候補物質のPBDEs、HBCDs、PFOS関連物質、PCB水酸化代謝物さらにSCCPs(短鎖塩素化パラフィン)、エンドルファン等について分析法を開発し、 前処理方法の改良やLC-MS/MSとGC-HRMS(EI及びNCI法)機器分析の高感度・高精度化と最適化を達成した。 未知有機ハロゲン化合物の検索・同定等にはGC-(HR)TOFMSの有用性を確認した。 TIEアプローチとしてバイオアッセイ/マイクロアレイ等と化学分析の統合評価から、未知の活性物質として臭素系化合物が示唆された。 開発した分析法は本研究対象の実環境試料のモニタリングに順次適用し、インドやベトナムなどアジア途上国の廃棄物投棄場や電子・電気機器廃棄物(e-waste)処理施設から 採取した土壌やダスト試料等を対象に、臭素系難燃剤(PBDEs、HBCDs)や臭素化ダイオキシン類(PBDD/Fs)などのPOPs候補物質を測定した。 また、ダストについては、試料のダイオキシン様活性測定のためバイオアッセイ‘DR-CALUX’を適用した。 その結果、アジア途上国の廃棄物投棄場やe-waste処理施設周辺の環境において、先進国の工業地域に匹敵するPBDEs汚染の拡大が明らかとなった。また、e-waste処理施設のダスト試料からは、高濃度のPBDD/Fsが検出された。クロアシアホウドリのAHR/レポーター遺伝子アッセイ系を構築して、 ダイオキシン類に対する同種の感受性を明らかにし、生態リスクを評価した。また都市港湾底質を対象に、核内受容体/レポーター遺伝子アッセイと化学分析の結果の関連性を解析し、 アンドロゲン、エストロゲン、甲状腺ホルモン、プロゲステロン受容体原性とPCBs、BFRs濃度の間に関連性を見出した。 さらに、マイクロアレイデータの新規解析法を確立し、グルココルチコイド受容体アゴニストに応答する遺伝子群を明らかにするとともに、それらの影響について評価した。

H21年度実績リスト
‐平成22年度‐
 PBDEsやPFOSの代替物質として使用量の増大が指摘されているHBCDsや短鎖・長鎖のPFCs 9種、さらにUV吸収剤や短鎖塩素化パラフィン等について分析法を開発した。また、バイオアッセイの包括毒性評価値に対する既知物質の寄与割合を化学分析/バイオアッセイで推定する手法を確立し、実試料へ適用した。まず、ヒトの母乳試料の分析を試み、POPs候補物質による汚染がアジア全域に及んでいることを実証した。またPBDEsなどの難燃剤は、途上国にも汚染源が存在することが示唆された。そこで、ベトナムやインドの電子電気機器廃棄物処理地域を対象に住民や作業従事者の血液・毛髪、作業環境大気やダスト試料の分析を試み、発生源における曝露ルートを解明するとともに取込量の解析から難燃剤のリスクが危惧されることを指摘した。また、愛媛大学の生物環境試料バンクに保存されている水棲哺乳類や柱状堆積物の試料を分析したところ、先進国のHBCDs汚染が近年急速に進行したこと、途上国のPBDEs汚染も経年的に拡大したこと、外洋など遠隔地のHBCDsおよびPFOS汚染が今世紀になって急上昇していること等が判明し、途上国および遠隔地のPOPs候補物質汚染は今後しばらく継続するものと推察された。さらに、野生生物およびヒトの血液試料を対象にPCBs・PBDEsの水酸化代謝物を同定・定量した結果、陸棲哺乳類は海棲哺乳類に比べ代謝物の蓄積量が多く甲状腺ホルモン撹乱等のリスクが懸念された。また、窒素・炭素安定同位体比を用いた海洋生態系食物網の解析から、PBDEs等新規POPsの生物濃縮特性を明確化した。加えてPPAR遺伝子を利用したレポーター遺伝子アッセイ系を構築し、野生生物を対象としたフッ素化合物の毒性リスクを評価した。また、アンドロゲン・エストロゲン・Ah受容体結合/レポーター遺伝子アッセイバッテリーを野生高等動物へ適用し、内分泌かく乱化学物質の潜在的なハザードリスクを明らかにした。
H22年度実績リスト








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