細胞周囲におけるタンパク質分解制御
※掲載内容は執筆当時のものです。
プロテアーゼ活性制御機構とその破綻がもたらす病態の解明を目指して
研究の概要
人体は37兆個ともいわれる数の細胞で構成されています。多細胞生物の生命現象においては、プロテアーゼによる生理活性物質の活性化や細胞外基質の再構成が重要です。プロテアーゼの活性異常は、炎症やがんなど様々な疾患の原因となります。そのため、生体内におけるプロテアーゼの活性は、厳密に制御されています。私は、特に細胞周囲微小環境において重要である細胞膜上に局在するセリンプロテアーゼと、その活性制御を担うプロテアーゼインヒビターに着目し、上皮細胞膜上におけるプロテアーゼ活性制御機構の解明と、その破綻がもたらす病態について研究を進めています。
研究の特色
細胞膜上のセリンプロテアーゼインヒビターは、Hepatocyte growth factor activator inhibitor (HAI)-1とHAI-2の2種類が同定されています。これまでの研究で、HAI-1は表皮や腸上皮組織の機能維持に必須であることやHAI-1減少によるプロテアーゼ活性制御破綻が上皮の様々な疾患につながることを報告してきました。例えば、HAI-1を欠損させたAPC変異マウス(APC 遺伝子に変異があるヒト大腸癌モデルマウス)では、発癌が著明に亢進していました(図1)。
一方、HAI-2の機能については、まだ不明な点が多いのですが、近年、HAI-2をコードするSPINT2 遺伝子変異がヒトの先天性ナトリウム下痢症の原因となることが報告されました。また、マウスでHAI-2を欠損させると、この疾患と類似する表現型を呈し、早期に致死となることが明らかになりました。HAI-2欠損マウスから腸のオルガノイド(ミニ臓器)培養を行い、解析したところ、HAI-2欠損によって上皮接着因子であるEpCAMの切断とclaudin-7の不安定化・消失が生じ、オルガノイドは崩壊しました。これはセリンプロテアーゼインヒビターであるアプロチニンの添加により回避されました(図2)。
しかし、マウス生体においてはセリンプロテアーゼインヒビターでの効果はみられませんでした。このことから、HAI-2には、プロテアーゼ活性制御の他にも細胞の機能維持に必須である未知の機能があることが示唆され、現在はこの新規機能の解明を目指して研究に取り組んでいます。
研究の魅力
研究の一番の魅力は今まで誰も見たことのない現象を自分がはじめて見みることができる、ということだと思います。誰も知らない事実を明らかにできた時、例えようのない満足感が得られます。HAIの研究は競合するグループが少なく、新たな知見を得るチャンスが大いにある分野だと考えています。また、生命科学研究では、新たな事実の積み重ねが病気の解明や治療法開発につながる可能性があるということも大きな魅力の一つであると思います。
今後の展望
HAI-2の生体内機能はいまだ不明な点が多く、これらを明らかにするために様々な遺伝子改変マウスやオルガノイドを用いて解析を行っています。 これまでの研究で、HAI-2が腸上皮機能に必須であることは明らかになりました。HAI-2の機能異常が先天性ナトリウム下痢症の原因となることから、HAI-2欠損マウスやオルガノイドを疾患モデルとして、この病気の詳細な発病機序の解明や、治療法の開発に取り組んでいきたいと考えています。同時に、プロテアーゼインヒビターとしての機能だけでは説明できないところもみえてきました。今後はHAI-2のまだ明らかになっていない未知の機能を(それがあると信じて)明らかにすることを目指しています。



