歩数の研究 一歩一歩
※掲載内容は執筆当時のものです。
研究の概要
私たち日本人にとって、歩数は1日の身体活動量を示す、健康づくりのための分かりやすく身近な指標です。しかし、世界的に見ると、ここ最近まで「歩数」は解釈が難しく、健康指標としての有用性は乏しいとみなされていました。そのため、「1日に何歩歩くことが健康によいのか」という素朴で重要な問いに対する科学的根拠は、近年まで十分に蓄積されてきませんでした。
ところが、近年のデジタルデバイスの普及に加え、2019年に米国身体活動ガイドライン諮問委員会が歩数研究の推進を呼びかけたことにより、歩数研究は急速に進展しました。現在では、歩数は「次世代のバイタルサイン」とも称され、健康や寿命を延伸するためのシンプルでありながら強力な指標として注目を集めています。
私たちは、この一見シンプルでありながら、実は十分に理解されてこなかった「歩数」の本質的な有用性を明らかにすることを目的に研究を進めています。
研究の特色
日本では、1965年に「万歩メーター」という、歩数を測定することに特化した歩数計が発売されました。一方、海外ではそれ以前から距離を測る機器としての歩数計は存在していたものの、歩数そのものを記録する歩数計はむしろ少数でした。日本では「歩数を測るための歩数計」が唯一の選択肢として存在し、さらに「1日1万歩」というわかりやすい目標が提示されたことで、歩数という概念が爆発的に普及していったと考えられます。このように歴史を振り返ることで、日本独自の歩数文化がどのように形成され、世界に先駆けて歩数が健康指標として受け入れられていったのかが見えてきます。
私たちは、この日本独特の歩数文化を前提に、歩数と健康の関連を科学的に検証してきました。具体的には、タバコと寿命の関係を明らかにしてきた手法であるコホート研究を用い、歩数が多い人ほど追跡期間中の死亡率が低いことを世界に先駆けて報告しました。
さらに、歩数はさまざまな強度の歩行の積み重ねで構成されますが、1日の総歩数が同程度であれば、その蓄積パターン(ゆっくり歩くのか、速歩が多いのか)がメタボリックシンドローム予防効果に大きく影響しないことを明らかにしました。また、1週間の総歩数が同程度であれば、歩数の蓄積頻度(毎日歩くか、週末にまとめて歩くか)も健康効果に大きな差をもたらさないことも示しました。
このように、身体に関する専門知識を土台に、疫学・データサイエンス・行動科学など複数の学問領域を組み合わせ、歩数の有用性を多角的に検証しています。
研究の魅力
体育学研究の最大の魅力は、実践と研究が密接につながっている点にあると考えています。私自身も健康づくりのために運動を実践していますし、人々の身体活動を促進するための取り組みも、地域を中心に幅広く行っています。そのなかで、多くの疑問が生まれたり、現場の方からさまざまな質問をいただく機会があります。そうした疑問を解決するために、実験や調査を行い、データを解析して明らかにしていく――自分の内側から湧き上がった問いに科学的に向き合い、答えを導くこのプロセスは、本当に魅力的です。そして、その知見が誰かの役に立つ可能性が高いという点も、研究者として大きな喜びです。
これを読んでくれている高校生の皆さんも、部活動などを通じて運動に親しんでいる方は多いと思います。「なぜこの練習をするのだろう?」「どうしたらもっと強くなれるのだろう?」――きっとたくさんの疑問が浮かんでいるはずです。そうした疑問を自分の力で解き明かしていくことは、とても刺激的で楽しいものです。そして何より、あなたの疑問は、誰かの疑問でもあるかもしれません。あなたの導いた答えが、誰かの役に立つ未来につながります。
今後の展望
これまでの研究により、健康や寿命の延伸と関連する歩数のおおよその目安は明らかになってきました。しかし、「その歩数をどれくらいの期間続ければ健康上の利益が得られるのか」という点については、まだよく分かっていません。子どもの頃から高い歩数を保つ必要があるのか、大人になってから増やしてもよいのか、途中で中断してしまっても効果は残るのか――解き明かすべき疑問はたくさんあります。
また、歩数という指標は便利な一方で、さまざまな要素が丸ごと集約された「複合的な変数」です。歩数だけに注目して解釈すると、誤解につながる可能性もあります。健康は身体的側面だけでなく、精神的・社会的側面も含んで成り立っています。精神的・社会的な健康を考えたとき、単に歩数を増やせばよいというわけではありません。「どこで歩くのか」「何のために歩くのか」「誰と歩くのか」といった文脈が大きな意味を持ちます。歩数というシンプルな指標をより理解するために、歩数に含まれるさまざまな行動や背景、そして他の健康関連要因とのつながりを包括的に捉える研究が必要になります。
この研究を志望する方へのメッセージ
受験制度上、体育・スポーツ系は文系に分類されることが多いですが、実際には文系・理系・そして実技が融合した“総合格闘技”のような分野です。本気で理解しようとすると、それなりの知識と幅の広い視点が必要になります。だからこそ、大学入学をゴールとするのではなく、入学後を見据えて高校時代の学びに取り組んでもらえたらと思います。




