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プレスリリース

人新世の開始時期を決定する正確なマーカーを提唱

第五福竜丸事件の核実験の痕跡を別府湾堆積物と石垣島サンゴの極微量同位体から発見

1.発表者

横山 祐典(東京大学大気海洋研究所 教授)
平林 頌子(東京大学大気海洋研究所 講師)
阿瀬 貴博(東京大学大気海洋研究所 技術専門職員)
宮入 陽介(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
加 三千宣(愛媛大学沿岸環境科学研究センター 准教授)

2.発表のポイント

◆ 現在、議論が行われている人新世(注1)について、その開始時期を正確に決めることができる手法を発見しました。
◆ 年輪を刻む北太平洋のサンゴ骨格に残された1950年代のマーシャル諸島での核実験の僅かな痕跡の検出と、精密な古水温変動解析によって、別府湾の堆積物が人新世を記録した世界標準となりうる可能性を示唆しました。
◆ 今年度中に議論が行われる人新世の定義と国際的な模式地の決定について、別府湾堆積物の重要性を示す貴重なデータとなります。

3.発表概要

東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授らの研究チームは、愛媛大学沿岸環境科学研究センターの加三千宣准教授やオーストラリア国立大学の研究者らとともに、別府湾の堆積物(図1)に極めて僅かに含まれる同位体のシグナルが、人新世の開始時期を示す重要なマーカーとなることを発見しました。

国際地質科学連合(IUGS)は最終氷期が終わり現在の環境になった1万1700年前からの地質時代を完新世としています。しかし、20世紀の半ばから世界の人口急増や経済の急拡大、工業活動の増大などに伴い、大気二酸化炭素レベルも急上昇しました。その結果、地球の気候に対して人類活動が影響をおよぼすというそれまでの地球の歴史にない時代が訪れています。したがって、IUGSでは現在の地質時代を完新世とは別の時代(Anthropocene:人新世)として区別しようと議論が進められており、日本の別府湾をはじめとし、カナダの湖やカリブ海のサンゴ、それに南極の氷など12の地点がその「国際標準模式地」(GSSP)(注2)として最終候補に残っています。日本からは愛媛大学の加准教授が中心になって別府湾の承認を目指して研究を続けています(関連論文1項参照)。このプロセスで重要なのは人新世の開始時期を明確に決めることのできる年代マーカーの検出です。人新世は核の時代といわれている時期と重なるために、大気核実験起源のマーカーを使うことが有効であるだろうということは検討されていましたが、1963年の部分的核実験禁止条約(PTBT)発効後50年を以上経て、当時の痕跡が微弱になってしまった今、天然試料中からシグナルを検出することは困難を極めていました。

そこで横山教授らの研究グループでは、東京大学大気海洋研究所とオーストラリア国立大学の2つの加速器質量分析装置(AMS)(注3)を使って(図2)、極めて微量の放射性核種を分析する技術を用い、サンゴ骨格と堆積物中にそれぞれ含まれている炭素14とプルトニウムの同位体を高精度で分析しました(図3、図4)。その結果、第五福竜丸の被曝事件でも知られている1954年のマーシャル諸島での水爆実験のシグナルを正確に捉え、月から年単位でその変動を復元することに成功し、当時世界各地で観測されたPTBT発効と同時期の1963年に起こった急激な放射性物質の拡散の減少に至るまでの履歴を正確に捉えられることができました。また、このような精密な分析を用いたとしても2011年の福島第一原発(FDNPP)事故の前後での同位体の変化は検出できず、同事故の汚染は広範囲には影響を及ぼしていないこともわかりました(図4)。

本研究の成果は、現在議論が続けられていて今年中にも国際会議で決定されることが予測されている新しい地質時代である人新世について、別府湾の堆積物が国際標準の試料として最適であることを示しています。標準模式地として指定を受けることが期待されます。

本研究成果は、2022年7月1日午前10時(英国夏時間)に「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

お問い合わせは、下記までお寄せください。

東京大学 大気海洋研究所 海洋底科学部門 教授 横山 祐典(よこやま ゆうすけ)
E-mail:yokoyama@aori.u-tokyo.ac.jp