赤潮・魚病被害の軽減と新たな水産環境管理システムの構築を目指して

 太田先生愛媛県は養殖生産額が全国1位で、マダイやブリ類、ヒラメなどの他、真珠の養殖も盛んな養殖大国です。その理由の1つとして、非常に恵まれた環境が挙げられます。特に南予地域はリアス式海岸による急深で入り組んだ沿岸地形と、黒潮の影響を受けて頻繁に起こる海水の交換により、漁場の水質が良好に保たれています。

 

 

宇和海の養殖漁場

宇和海の養殖漁場

このような優れた環境でも、赤潮や魚病による被害が後を絶たず、安定的かつ持続的な養殖生産の妨げになっています。赤潮と魚病の被害額は、宇和海沿岸だけでも年間に数億から数十億円と見積もられ、平成24年にはカレニア・ミキモトイというプランクトンの大発生により、わずか数日の間に12億円以上の被害を受けました。こうした赤潮や魚病の原因となるのは、非常に小さな微生物達で、これら有害生物の情報については、詳しく判らない、すなわち“見えていない”というのが現状です。

 

 そこで、私達の研究室では、海域にいる赤潮や魚病の原因となる有害生物の情報を解析して、漁業者に情報提供を行うシステムについて、研究開発しています(図1)。具体的には、分子生物学の手法を用いて海水中の全微生物の遺伝子を抽出し、その中から有害生物の遺伝子を検出・定量します。例えば、赤潮の原因となるプランクトンは何種類もいますが、それぞれが異なる遺伝子配列をもっています。この遺伝子配列の違いを利用して、高感度・高精度・迅速に赤潮プランクトンの種類と量を解析します。これに魚病の病原体を含めて、「養殖海域に、どのような種類の有害生物が、どれくらい存在するか?」という情報を得ることができます。この情報を漁業者の方々の携帯端末や自治体のホームページを通じて発信することにより、いち早く赤潮や魚病などに対応してもらおう、というものです。赤潮については現在、原因プランクトンの定期的なモニタリングを行っており、これらの測定結果を愛南町の構築している水産情報ネットワークシステムを介して、漁業者の方々に提供しています(図2)。

 

図1:水産情報ネットワークに関する研究

図1:水産情報ネットワークに関する研究

図2:ICTを利用した赤潮情報の公開

図2:ICTを利用した赤潮情報の公開

 これまでの研究結果から、いくつかの種類の赤潮プランクトンが、発生のかなり前から低濃度で各海域に存在していること、赤潮発生前に徐々に増加してくること、などがわかってきました。このように遺伝子解析により、赤潮の非発生期や低密度時期における分布や動態を正確に捉えることができるため、これを基に赤潮の発生メカニズムの研究を進めていくと同時に、発生予測技術の構築を行っていきたいと考えています。

研究の特色

 これまでは顕微鏡観察が主であった養殖現場での赤潮測定に、遺伝子解析による高感度・高精度の検出、定量法を加えることにより、より詳細に有害プランクトンの動態がわかるようになってきました。また、病原体についても測定系を構築することで、季節や海域毎の変動が明らかになってきており、発病状況との関連について解析を始めています。こうした情報を漁業者に迅速に情報提供することにより、今まで見えなかった海の中の状況が見えてきます。また、今後のデータ蓄積や詳細な解析により、赤潮や魚病の発生メカニズムが詳しく解明され、養殖環境の管理に役立てることができると期待されます。

研究の魅力

 養殖環境に関する新しいシステムを作っていく、というダイナミックな研究です。もちろん、私達だけでできるものではなく、地域の漁業者や漁協の方々、町や県などの自治体、さらに学内外の研究機関の方々と連携協力して、研究開発を進めています。様々な分野の方々と情報や意見を交換しながら、研究を進められるのが1つの魅力です。最終的には地域の水産業に貢献することが目標です。

研究の展望

 赤潮は突発的に発生することが多く、対応が遅れて甚大な被害を受けることがあります。しかし、あらかじめ赤潮の原因となるプランクトンが増えてきていることがわかれば、被害を軽減することができます。また、魚病についても、各種病原体の量がわかれば、魚病の流行予測に繋がり、生け簀の中の病気の魚を、いち早く見つけることが可能となります。魚も病気にかかりますが、私達と同じように早期発見・早期治療が効果的です。加えて、魚病の流行予測ができるようになれば、それに備えて飼育方法などを工夫し、病気の発症を低減することができると期待されます。
 赤潮や病原体以外の有害生物としては、貝類に対する有害・有毒プランクトンなどについて、新たに解析を始めています。こうした情報から、それぞれの発生メカニズムの詳細が明らかになってくると共に、漁業者や水産関係の方々と情報を共有して対策を考えていくことにより、発生時の被害を軽減するのみならず、発生源を根本的に抑えていく、といったことも夢ではないと考えられます。
 養殖生産量は世界的に見れば増加傾向にあり、安定的に魚介類を供給する上で、無くてはならないものになっています。今後、持続的に養殖業が発展していくことが期待されますが、それに伴い、赤潮と魚病の対策はますます重要になってくると考えられます。“養殖大国の愛媛”から水産業に関わる新しい技術や情報を発信していきたいと思います。

この研究を志望する方へ

平成25年度に開所した「うみらいく愛南」

平成25年度に開所した「うみらいく愛南」

 愛媛大学南予水産研究センターは、水産業の最前線である南予地域に設立され、水産業に関する様々な研究を行っています。平成25年度には、新しい施設である“うみらいく愛南”も完成し、飼育設備も充実するなど、ますます現場や地域との距離が近くなりました。詳しいことが知りたい方は、いつでもご質問下さい。