宇宙空間を満たしているプラズマという気体

 多くの人は宇宙空間が真空だと思っているでしょう。確かに、宇宙空間は、ほぼ真空に近いので、音は伝わらず、無音の世界のはずです。ところが、SF映画やSF漫画を見ていて、宇宙船や星が爆発する映像シーンで、派手な爆発音がしても、何ら違和感を感じないのではないでしょうか?実際には、爆発音なんて聞こえるはずがありません。むしろ、あのような映像シーンがピカッ!と光るだけで、爆発音がしないと、何か物足りないのかも知れません。無論、あれは演出効果です。ちなみに、爆発音がしなかった映画シーンは稀にいくつかありますが、それらは敢えて無音とすることで、映画を見る者に、何かの強い印象を与えようとしているのでしょう。我々は映像表現に騙されているわけですね。
 さて、話を本題に戻しましょう。現実の宇宙空間には、希薄ですが、空気があります。正確に言うと、地球上の空気とは大きく違い、イオン化した気体が漂っており、これをプラズマと呼びます。プラズマの大半は恒星から放出されており、太陽系では太陽から放出されたプラズマが太陽風となって、太陽系の果てまで、数百km/sという高速で常に流れています。
 もちろん、普通に夜空を見上げても、そのような希薄な太陽風は全く見えません。宇宙空間に太陽風が流れていることを認識できる身近な例は、時々、地球に近づいて巷で話題となる彗星の尾です。実は、彗星をよく見ると、異なる方向へ流れる尾が二つ同時に見えます(写真1)。尾の一つは、ダストテールと呼ばれ、彗星が砕けた破片が、彗星の重力を振り切って周囲に散乱していく流れとなり、一本の尾として見えます。もう一つの尾は、プラズマ(イオン)テールと呼ばれ、彗星の大気がイオン化して、太陽風と電磁的に相互作用しながら、太陽風に引きづられながら、太陽から遠ざかる方向に伸びていきます。ちなみに、彗星はロケットエンジンのような推進力を持たないので、エンジン排気に相当するような尾は存在せず、ゆえに、それら二つの尾は進行方向(軌道)とは全く無関係な方向に向きます(写真1)。
 私は、この太陽風が太陽から放出されるときに突発的に起こる太陽表面爆発現象(写真2)のメカニズムを解明しようとしています。

研究の特色

 高校の物理では、電子やイオンが動くとそれは電流となり、電流が流れるとその周囲に磁場が生じることを学びます(アンペール法則)。そして、電子やイオンが電磁場中で受けるローレンツ力を学びます。実際のプラズマでも、その理屈は同じですが、以下の事情により、途方もなく難解になります。まず、ローレンツ力を受けて、電子やイオンの動きが変化すると、それは電流を変化させるはずで、そのため、周囲の磁場が変化します。すると、再びローレンツ力が変化するから・・・この理屈は「堂々巡り」になります。しかも、宇宙空間の電子やイオンの数は一つや二つではありません。ですから、途方もなく大量の電子やイオンの集団運動について、この「堂々巡り」を真面目に考えるのがプラズマ物理学です。太陽表面爆発現象は、この「堂々巡り」から生じる一つの帰結となることから、極めて難解であり、長年に渡り世界中の多くの研究者が、そのメカニズムの解明に取り組んでいます。我々は、この研究テーマに対して、スーパーコンピュータを用いた数値シミュレーションと日米欧の科学探査衛星から送られてくる観測データを照合する研究を推進しています。

研究の展望

 写真2はアメリカのNASAのTRACE衛星が撮影した太陽表面の極紫外線映像であり、このとき、正に、太陽表面爆発が起こっています。グニャリと曲がった無数の筋模様は磁力線であり、これらのサイズは数10万kmに達します。そして、これら磁力線は爆発の進行に伴い数時間かけて刻々と変化していきます。少し分かりにくいのですが、この映像の右上方には爆発に伴うプラズマ下降流が見えています。私は、この下降流のメカニズムを、高速磁気再結合過程という理論モデルを用いて解明しました(図1と2)。近年の研究では、この理論モデルは太陽表面だけでなく、地球周辺の磁気嵐やブラックホール周辺にも適用できることがわかってきており、宇宙プラズマの大規模な現象を駆動する重要なメカニズムであると考えられています。

図1:計算機シミュレーションで再現した太陽表面の磁力線の様子

図1:計算機シミュレーションで再現した太陽表面の磁力線の様子(アメリカの天文学会誌より)

図2:計算機シミュレーションで再現したプラズマ下降流(赤い筋模様)の様子

図2:計算機シミュレーションで再現したプラズマ下降流(赤い筋模様)の様子(アメリカの天文学会誌より)

 

この研究を志望する方へのメッセージ

 常日頃から、身の回りの様々な自然現象に興味を持ち、疑問を解消していく習慣が大切だと思います。思い返すと、私が高校生のとき、先生から教えられた物理には、納得のいかない部分がいくつもありました。そして大学に入って、物理学を数学的に厳密に考えることができるようになって初めて、そのような高校物理の疑問点を理解し、さらには、物理学の奥の深さを感じました。学んだことを鵜呑みにせず、疑問があれば先生に何度も聞きなおして、自分なりの理解を得ようとする習慣を持っていただきたいと思います。