多種が共生共栄できる未来、どう共創できるか?
※掲載内容は執筆当時のものです。
「持続可能性」を「マルチスピーシーズ」の概念から問い直す
研究の概要
人間の幸福は、環境や他の生き物に全面的に依存しています。しかしながら、その事実は私たちの価値観、社会、文化、法律などに反映されていません。気候変動や生物の絶滅危機から、堆積物で記録が残る核実験や化石燃料の燃焼し続けてきた人間社会のフットプリント。人が地球に大きな影響を与えている「人新世」(人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代であり、現在である完新世の次の地質時代)にある今は、その単純な事実を思い直す時代でもあります。多種が共生できる未来を実現するために、人と他のいきものの絆をより深く理解する理論が必要です。
持続可能性科学(サステナビリティ・サイエンス)では、「将来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすこと」が持続可能性の条件とされています。「持続可能性(サステナビリティ)」という用語・概念は、私たちの社会に急速に浸透してきました。2015年の国連総会で採択されたSDGs (持続可能な開発目標)は、国や自治体はもとより、企業にも課せられた課題であり、多くの企業がそのSDGsに沿った取り組みについて社会にアピールするようになりました。しかし、これまでの「持続可能性」は、あくまでも人類のための偏狭な資源利用主義を基にした考え方です。気候変動、生物多様性の減少、マイクロプラスチック汚染など、地球規模の環境問題に対して、私たちは未だ大きな進捗を果たせていません。その原因の一つはおそらく、自然を利用されるべき資源として概念化し、生態系における多様な主体のニーズの相互依存性を考慮していないからだといえるでしょう。こうした背景を受け、マルチスピーチーズ・サステナビリティ理論は人類以外の生物種にも視野を広範に拡大して、全てのいきものが持続的に共存共栄できる条件の理解を目指しています。
研究の特色
私たちが生きている世界から私たちの体まで、全ては多様ないきものによって作られています。マルチスピーシーズとは、近年多くの分野で注目されている学際的な概念で、動植物はもちろんのこと、マイクロバイオーム(微生物叢、ヒトの体に共生する微生物の総体)に至るまで、複数の生物種間のつながりやその共生を考えるものです。今回の研究ではさらに、マルチスピーシーズの民族史研究や先住民研究、サイバネティックスの洞察を組み合わせ、先住民族に受け継がれてきた人間以外の生物との共存共栄的な考え方を導入した点が特徴です。
研究の魅力
全てのいきものが共に創る・共生できる都市や大学キャンパスでの暮らしや学びとは、どのような生活でしょうか? 腸内細菌が私たちの肉体的・精神的な健康に大きな影響を与えるなら、人間や「私」をどう考えるべきでしょうか? 他のいきものに関してニーズや幸福とはどのようなものでしょうか? 科学の発見で世界観が大きく揺らぐ時代が終わったように感じたかもしれませんが、実は始まったばかりです。
また、明るい未来を想像できなければ、無論、実現することは不可能です。環境問題の解決が資本主義など現代社会の仕組みの中で困難な時、多種が共生共栄できる未来という挑戦的かつ新鮮な思い付きが生まれます。アート・フィクション・ゲームのクリエイターと協働することで、急速に変化しつつある自然と人の新たな付き合い方を模索することもできます。
驚きのきっかけは豊富にあり、マルチスピーチーズ・サステナビリティ概念のおかげで、新たな扉を開くことができるのです。
今後の展望
マルチスピーチーズ・サステナビリティの新たな視点を使えば、数多くの分野で新たな発見が待っています。Nature Sustainability学術誌の論文で、ポスト成長期の持続可能な食と農のシステムに必要なものを検討しました。その一環で、経済成長を優先させる現在と経済成長に依存しないポスト成長期のメタボリズム(食と農を通じた物質と生物の関わり方)の原則を比較しました。マルチスピーチーズ・サステナビリティ理論で多種のニーズと幸福につながるものの重要性を把握することにより、ポスト成長期のメタボリズムの原則を特定できました。今後はマルチスピーチーズのアプローチで転換が起きる可能性が高い分野環境デザイン、都市計画やランドスケープ、エコヘルス、環境倫理などに注目して、多種が共生共栄できる未来を実現できるようにがんばります。
この研究を志望する方へのメッセージ
想像できなければ実現できないこともそうですが、ゲーテの言う通り、小さい夢にも人の心を動かす力はありません。将来に深い不安を感じる若い人が増えている今こそ、現代の様々な環境・社会問題をもたらした「常識」にとらわれず、持続可能で人と自然が共存共栄できる未来をどう共創できるか、一緒に考えましょう!