計算機で触媒によるCO2水素化を理解する

研究の概要

地球温暖化をはじめとする環境問題の解決策として、カーボンニュートラルが大きな注目を集めています。特に、再生可能エネルギーを利用した二酸化炭素(CO2)の再資源化は、大気中へのCO2排出を緩和するだけでなく、燃料や多くの化学物質の原料を生成することによりエネルギー問題を解決するため重要な課題です。例えば、図1(左)に示されているように、工場などの施設から排出されたCO2を、太陽光発電などの再生可能エネルギーを使って得られた水素H2と水素化(水素原子を付加する)触媒を使ってメタノールなどに変換することが可能です。このメタノールは様々な燃料や化成品、化学品の原料として利用することにより炭素を循環させる(カーボンサイクル)ことができます。

しかし、カーボンサイクルを実現するには、これらの触媒性能やコストパフォーマンスをさらに向上させる必要があります。新しい触媒を開発するために、私はコンピューターシミュレーションを活用してCO2から燃料などの有用な化合物を合成するプロセスにおける化学反応の理解と触媒開発に取り組んでいます。例えば、図1(右)に示すように、触媒(ZnxZr1−xO2−xで表されるジルコニウム、亜鉛、酸素が混じった固体粉末)を用いて、CO2が水素(H2)と反応しメタノール(CH3OH)と水(H2O)に変化する化学反応をコンピューターの中でシミュレーションしています。

図1:(左)カーボンサイクルの概略図。
(右)触媒を用いたCO2水素化(CO2 + 3H2 → CH3OH + H2O)によるメタノール合成。

研究の特色

触媒の原子レベルの情報(触媒構造や反応機構など)がわかると、新しい触媒を開発する際に大きな助けとなります。その手法の一つとして、近年ではコンピューターシミュレーションを用いた触媒の解析・開発技術が発展し、図2(左)に示すようなコンピューターを使って、図2(右)のような原子レベルでの反応機構や実験では観測が難しい反応中間体などの理解が進み、より精緻な触媒設計が可能となってきました。CO2水素化によるメタノール合成での反応経路の例を図3に示しますが、化学反応がどのような中間体を通るのか、その構造とエネルギーなどがわかります。図3では縦軸はエネルギーを示しており、この値が低いほど安定であることを意味します。図の左側にある反応物(CO2とH2)から右側にある生成物のメタノール(CH3OH)になるまでに多数の中間体と経路を経由することがわかります。これらの反応中間体の情報は実験では捉えにくいことが多いため、このような原子レベルでの化学反応の解析はコンピューターシミュレーションが持つ大きな強みとなります。

図2:(左)研究室で利用している計算機の一部。一般的な家庭用PCではCPUは通常4~8コア程度ですが、計算科学で利用する計算機では1台当たり大抵数十コア以上を備えています。研究では多数の計算機を使うため、通常、写真のようなラック(棚)の中に計算機を収納しています。(中央)ZnxZr1−xO2−x触媒表面と(右)その拡大図。水素分子は亜鉛原子上で分解し、CO2分子に近づいて反応します。
図3:CO2水素化によるメタノール合成におけるエネルギーの変化。一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、ギ酸塩(Formate: HCOO)が生成する経路をそれぞれ赤、青、黒で示しており、*は吸着している分子を意味します。

研究の魅力

科学の長い歴史と比べると、コンピューターが登場したのは比較的最近のことであり、そのためシミュレーションによる触媒開発は非常に若い分野です。ですので、多くの技術的課題がありますが、同時にブレークスルーの可能性も秘めていると感じています。また、計算科学では実験だけでは簡単にはわからない原子や電子の挙動を理解できるようになります。そのため、なぜ特定の現象が起こるのか明らかにできます。このように、原子レベルの構造に迫れるのが、計算科学の魅力の一つだと思います。近年では、計算機の進化に加え、AIなどのソフトウェア技術の進展により、計算科学が急速に発展しています。例えば、新しい触媒の予測が可能になるなど、その応用範囲は広がっています。このように技術が急速に発展している領域だという点も計算科学の魅力だと思います。

この研究を志望する方へのメッセ―ジ

コンピューターを用いた研究と聞くと「なんだか難しそう」と感じる方も多いかもしれません。しかし、近年では計算科学用のソフトウェアが大きく進化しており、初心者でもすぐに計算科学の研究を始めることができます。また、研究レベルの計算でなくても、現在では計算科学は簡単に体験できる環境が整っています。興味がある方は、ChemComputeのような無料のクラウドサービスなどで体験してみるとよいでしょう。