1.はじめに
ネパールはヒマラヤ山麓に抱かれた人口2400万人の国です。世界最高峰エベレストを擁する国として、また、釈迦の生誕地として有名です。2500年前に東洋文明の源流となる高度な精神文明を生み出した国ですが、今は経済発展から取り残されています。ネパールには経済的貧困以外にも、人口増加率が2.3%にも上る人口爆発、内戦や政治的混乱、脆弱な地質と急峻な地形に起因した土砂災害などの自然災害の多発、首都カトマンズへの急激な人口流入に伴う都市環境の悪化、過放牧などに起因した森林面積の急激な減少、1990年の民主化以降の近代化に伴う価値観の急激な変化など多くの課題を抱えています。
愛媛大学では、ネパールの大学などと連携しながらネパールの防災に向けた各種の取り組みを行っています。今回、平成17年11月15日(火)から20日(日)にかけて行ったネパールの主要国道沿いの地すべり調査、防災マネジメントに関する国際シンポジウム、ネパールの日本留学生会について紹介します。
2.ネパール国道沿いの地すべり調査を実施(平成17年11月15日〜17日)
科学研究費基盤研究(B)「ヒマラヤ水系における大規模土砂災害の発生機構と総合防災対策に関する研究」(平成15年度〜平成17年度、代表:矢田部龍一)により3年間に渡ってネパールの国道沿いの地すべり調査を実施しています。平成17年度の調査行程ならびに参加者は次のとおりです。
●調査行程
11月15日(火) カトマンズ〜ムグリン間(プリティビハイウェイ)地すべり調査
11月16日(水) ムグリン〜チトワン間(プリティビハイウェイ)地すべり調査
11月17日(木) ヘタウダ〜ダマン間(トリブバンハイウェイ)地すべり調査
●調査参加者
矢田部龍一(愛媛大学工学部教授)、
高橋治郎(愛媛大学教育学部教授)、
岡村未対(愛媛大学工学部助教授)、
ネトラ・バンダリー(愛媛大学工学部助手)、
中島淳子(愛媛大学工学部契約職員)、
長谷川修一(香川大学工学部教授)、
山中稔(香川大学工学部助手)、
北川隆司(広島大学大学院理学研究科教授)、
稲垣秀輝((株)環境地質)、
林宏年((株)四航コンサルタント)、
ランジャン・ラハル(トリブバン大学講師)、
ロジナ・マリ(ネパール工科大学講師)
プリティビハイウェイは、カトマンズからインドに至る大動脈で、ガンダキ川沿いに谷筋を走っています。また、トリブバンハイウェイは1950年代にインドの軍隊により建設された道で、3000m級の山々を縫うように走っている道です。しかし、道路の整備状況は極めて貧弱で、脆弱で急峻な地形を切土と盛土構造ならびにスパンの短い橋梁で道路が建設されています。そのため、斜面崩壊や土石流で頻繁に道路が寸断されて大きな問題となっていて、ネパール国民の関心を集めています。
写真は今回調査した道路の状況で、大規模な地すべりの末端を切土して道路を建設しているため、雨期には崩壊が頻発しています。
3.国際シンポジウムを開催
平成17年11月18日〜20日、ネパール皇太子を主賓に招き、「International Conference on Disaster Management Achievements and Challenges」を開催しました。
ネパールでは自然災害が多発しており、防災・減災はネパールの重要課題の一つとなっています。防災のためには、学術情報の交換も大切なことです。そこで、ネパールやアジア圏諸国の防災に関する学術情報交換の場として国際シンポジウムを開催しました。
主催は愛媛大学とNepal Engineering CollegeならびにNational Society for Earthquake Technology-Nepal で、国連のUNDP Nepalの後援で開催しました。会場はカトマンズ市のHotel Radissonで、開会式にはネパール皇太子御夫妻ならびに内務大臣などが来賓として出席されました。小松正幸愛媛大学長は開会挨拶で、国際シンポジウム開催の意義と感謝の意を述べました。会議には西南アジアならびに東南アジアなどの6カ国から100人を超える方が参加し、各国の防災についての発表と熱心な討議が展開されました。日本からも12人の口頭発表者を含めて24人が参加しました。閉会式はネパール政府の環境大臣などを来賓に迎えて行われ、ネトラ助手が会議実行委員会事務局長として感謝の言葉を述べました。このシンポジウムに併せて、全294頁のシンポジウム論文集「Proceedings of International Symposium Disaster Management Achievements and Challenges」が発刊されました。
小松学長や矢田部教授ならびにネトラ助手が、ネパール国営テレビの報道番組「インサイト」で、ネパールにおける愛媛大学の防災への取り組みについてインタビューに応じるなど、ネパールのテレビや新聞に大きく取り上げられ、愛媛大学のネパールにおける防災活動が一層、認識されることになりました。
4.ネパール政府道路局より愛媛大学に感謝状
11月19日(土)にカトマンズ市のHotel Radissonで出版記念会が開催され、「Landslides hazard mapping along major highways of Nepal」の発刊に対してネパール政府道路局長から小松学長と矢田部教授ならびにネトラ助手に感謝状が贈られました。
上記の本は、ネパールの主要国道沿いの地すべりを調査・研究した成果を取りまとめたもので、7章、168頁からなっています。編著者は矢田部教授とネトラ助手ならびにバッタライネパール工科大学長の3人で、執筆者は長谷川修一香川大学教授、稲垣秀輝環境地質代表取締役、高橋治郎愛媛大学教授、北川隆司広島大学教授、ハリ・シェレスタ(愛媛大学大学院生、ネパール工科大学助教授)、ランジャン・ダハル(香川大学大学院生、トリブバン大学講師)の各氏に協力してもらいました。
ネパールはヒマラヤ山系に抱かれた急峻な地形と脆弱な地質からなっている国です。インドに至る主要国道は毎年のように集中豪雨による地すべりで寸断されています。今回の調査研究は、ネパールの主要国道沿いの地すべりについて初めて総合的に検討を加え、データベース化したもので、ネパール政府から多大な評価を頂きました。今後、ネパールの主要国道沿いの地すべり対策工の調査研究やカトマンズ盆地の地震防災、7つの世界文化遺産の保全についての研究を協力して進めることも話し合いました。
5.ネパールの元現留学生による国家建設セミナーを開催
11月20日(日)に、愛媛大学とNESAJ(Nepalese Students’ Association in Japan)ならびにJUSAN(Japan University Students Association Nepal)の主催で、ネパールの国家建設における諸問題についてのセミナーを、カトマンズ市Hotel Radissonで開催しました。開会式は矢田部教授を議長に、ネパールの教育・スポーツ大臣やカトマンズ大学副学長などを来賓に迎え開催しました。
会議には日本の各大学で学位を取得した70人を超える元日本留学生と現日本留学生が参加し、矢田部教授によるネパール国日本留学生会設立の意義を初め、元駐日ネパール大使によるネパールの国づくりについてなど計6編の講演があり、熱心な討議が交わされました。続いて行われた交流会では、官民学各界で活躍している元日本留学生が小松学長に、愛媛大学によるネパール国の日本留学生会セミナー開催に心より感謝していました。愛媛大学とネパール国の日本留学生との今後の熱心な交流の第一歩になり、また、新聞やテレビにも大きく報道されました。
6.おわりに
ネパールは美しい自然とともに高度な精神文明を併せ持つ国ですが、今は開発途上国特有の各種の課題を抱えています。今を遡ること1400年、聖徳太子はネパールで生まれた仏教を日本建国の精神的支柱に据え、日本発展の基礎を作りました。今、日本に学ぶ多くのネパール人留学生が日本の優れた学術を持ち帰って、ネパールの国造りをして欲しいと思います。それが、日本の当然の恩返しではとの印象を深めた今回のネパールとの交流でした。