概要
細菌からヒトに至るさまざまな生物において細胞は主にリン脂質から構成される生体膜で形成されています。生体膜を構成する主要リン脂質であるホスファチジルエタノールアミンはホスファチジルセリン脱炭酸酵素(PSD)によって合成されます。PSD はリン脂質の一種であるホスファチジルセリンの頭部にあるカルボキシ基を「トリミング」することでホスファチジルエタノールアミンを合成する酵素ですが、PSD が発見されて以来45 年以上その詳細なメカニズムは多くが謎のままでした。
愛媛大学大学院農学研究科 渡邊康紀助教と渡辺誠也教授らの研究グループはホスファチジルエタノールアミンの生合成を担うホスファチジルセリン脱炭酸酵素 (PSD) の立体構造を解明することに成功しました。PSD にはプラスに荷電した「くぼみ」があり、そのくぼみの「ふち」の部分は疎水性であることがわかりました。さらに、その立体構造に基づいた変異体を用いた解析から、PSD は疎水性の「ふち」を介して生体膜に結合し、プラスに荷電した「くぼみ」にホスファチジルセリンを引き込むことで、ホスファチジルエタノールアミンの合成反応を起こすことを明らかにしました。
本研究は、細胞を形作る生体膜がどのように合成されるかという生命の根幹をなすメカニズムの一端を明らかにするもので歴史的にも重要な発見です。PSD の異常により生体膜の適切なリン脂質組成を保つことができず、さまざまな生物の生命活動において支障をきたすことが知られています。本研究成果が今後、新規の抗生物質の開発、生体膜中
のリン脂質代謝異常により引き起こされる疾患の病因の理解や治療法開発に役立つことが期待されます。
本研究の成果は、2020 年5 月12 日付の米国国際学術誌「Structure」にオンライン掲載されました。