現代的国際訴訟の研究

研究の概要

 最近の研究から、二つのテーマを取り上げて説明します。
  一つが、競争法や輸出管理法などの経済法規制の域外適用です。例えば、日本の競争法が独占禁止法という法律です。本来、一国の競争法は、その競争法を立法した国の領域の中でのみ、その国の市場における自由競争を保護するために適用されるはずなのですが、それでは自国の領域外でなされた、自国市場の自由競争を害するような行為を取り締まることができません。そこで、現在では、各国が、自国競争法を、自国領域外の行為にも適用するようになっています。これを域外適用と呼びます。日本の企業戦士がアメリカ向け輸出品に関して、アメリカ国外で価格カルテルを締結すると、アメリカの競争法である反トラスト法違反に問われて、アメリカで収監されることも生じます。日本の最高裁も最近の判決(平成29年12月12日判決)で、裁判所として初めて独占禁止法を域外適用しました。
  他が、国際訴訟競合です。ある当事者間の同じ紛争について、二つの国で並行して訴訟が提起されることがあります。一国の司法制度は各々独立です。同じ事件について、原告の国は原告の国の手続法を適用して裁判を認め、被告の国も、被告の国の手続法を適用して裁判を認めることがあるのです。すると、同じ事件に対して、異なる結論となる二つの判決が生み出されることも生じます。遠い国の異なる言語、異なる司法制度、異なる法の下で、同一事件について重複する裁判を強いられる当事者の負担は計り知れず、裁判所としても、他国裁判を利用できればその費用や労力を免れることができます。最近の日本の最高裁判決(平成28年3月10日判決)で、外国で並行して遂行されている訴訟があるときに、例外的に日本の訴訟を却下する場合のあり得ることが確認されました。
  以上の二つのテーマについて、国際法学会の2013年度大会、国際私法学会の2018年度大会、および国際商取引学会の2017年度大会および2018年度大会で報告しました。報告に基づいて、学会誌等に論文を公表しています。

(学会誌の表紙。なお、これらテーマについての筆者の論考は最新号に掲載予定。)

研究の特色

 青空の中を大急ぎで流れる白雲のように、ヒト・モノ・カネが容易に国境を越えて行くのが現代の世界です。益々グローバル化したこの地球の中に、国境線で囲まれた多くの主権国家が存在しています。人の集合を共同体と呼ぶことにします。すると、家族を最小の単位として、近隣地域から国へと、だんだん大きくなる同心円で囲まれた共同体があり、人は誰も全ての共同体に属します。同じ規範(ルール)が適用される規範共同体も、家族共同体から、国まで、だんだん大きくなります。国は法を作りだすので、国の規範共同体が法共同体です。そこで、ひとまず国の領域が法のフロンティア(法共同体の境界)となります。一個一個の国が、自国の法共同体の中で、全てのヒト・モノ・カネを規律しようとするのに、少しもじっとしてくれません。それぞれの国家的「法」共同体のフロンティアを易々と越えて行きます。地球規模で回遊するヒト・モノ・カネを、一つの国はどのように捉えて、その法の規律に服せしめることができるのでしょう。国際私法とか、抵触法という法分野は、このような法のフロンティアのありさまを研究する学問分野です。
  一つの国の生み出す法の共同体のお話をしましたが、世界にはたくさんの国が存在します。複数の国々が共同して、法を作ることがあります。国と国の間に適用される法です。これが国際法です。従って、国々の共同体である国際社会の法が国際法であり、国際的「法」共同体も存在することになります。WTOやFTAなどの国際経済法や、統一私法条約などが国際法です。
 私の研究の特色は、抵触法や国際法など異なる法分野を横断的に研究していることと、大西洋を挟むアメリカ法とヨーロッパの法の比較研究を行いつつ、わが国法の解釈論を導き出している点です。

(オランダのハーグにある平和宮の中に、国際法アカデミーがある。)

研究の魅力

 法律というと、憲法、民法、刑法などを思い浮かべるでしょう。そのような国内法の研究者はわが国の法の解釈論として研究し、国内に向けて自身の学説を発表します。国際関係法は、国際事件を解決しながら、国際共同体において通用するべき法解釈を目指します。大企業同士の巨額の取引から、身近な家族関係の紛争も、国境を超えた途端に、この法分野の問題となります。国家的プロジェクトに関して、国家間の政治的紛争が、国内法及び国際法を巡る法的紛争の形で展開されることがあります。当事者双方の背後で、双方の国が威信をかけて法廷で対峙します。事例も解釈学説も、実にダイナミックな展開をみせる分野です。
 また、抵触法はヨーロッパ中世以来の伝統を有し(萌芽としてはローマ時代から存在します)、特に、近代国家が形成されて以降著しい発展を遂げました。このころ国境が明確に意識されたので、ヒト・モノ・カネが国境を超える際の法律問題が多く生じるようになったからです。長い伝統の中で、時代の思想的流行を背景にして、政治学や経済学などの諸科学の総合としての、実に奥深い議論が蓄積されています。そのような抵触法理論の深淵をのぞき込むことは、困難でもあり、しかしとても楽しい作業です。

今後の展望

 一つは、公法についての法適用理論の確立に向けた研究を進めることです。競争法や経済規制は公法です。公法はその国の領域内でのみ適用されてきたのですが、今日、その前提は失われつつあります。上に述べたような自国法の域外適用が一般化したのみならず、外国の公法的な法規を、内国の裁判所が適用するという現象を生じました。伝統的な公理と目されてきた前提が崩れつつあるなか、アメリカ抵触法の方法論的研究を発展させて、新たな法適用理論の構築を目指しています。
 他が、国際法と国内法の関係に関する一般理論的研究を進展させることです。

(アメリカ抵触法理論の研究をまとめた筆者の書籍)

この研究を志望する方へのメッセージ

 法の境界線や、国際共同体の法を研究する醍醐味を是非味わって下さい。グローバル化の激流は、国境の壁を押し流しながら、国内に流れ込みます。ますます深化する内なる国際化を皆さんも研究対象としませんか。