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2019.10.25
「大人になる」って、なんだろう?
教育学部 / 准教授・尾川満宏 / 専門:教育社会学

※記載内容は掲載当時のものです。

地方における高卒就職者の「移行」に関する社会学的研究

研究の概要

 私の主な研究関心は、若者の「学校から職業への移行」や「子どもから大人への移行」など、いわゆる「移行」(世界的には「トランジション」という概念)やキャリア形成の問題を、社会学的に考察することです。とくに、地方の若者の学校経験や仕事と生活に焦点をあててきました。「地方」「田舎」をフィールドに、「大人になる」ことの過程や意味を探る研究、ともいえるでしょう。
 1990年代、若者の就職難が問題になってから「売り手市場」といわれる現在まで、「移行」に困難を抱える若者は少なくありません。その背景にはさまざまな経済的・文化的・制度的な問題がありますが、そのような状況を若者たちはどのように経験しているのか。とくに大都市に比べて「仕事がない」といわれがちな地方都市や「田舎」の若者、なかでも高卒就職者に注目して、主にインタビューやフィールドワーク(密着取材的な現場調査)を行ってきました。
 これまでの調査から、地方の若者が直面する「移行」の困難だけでなく、彼らの「移行」の“やり方”が見えてきました。端的にいえば、2000年代初頭の不況期に「地元就職」した調査協力者の若者たちは、学校で勉強して知識や能力をつけるよりも、「地元」の人たちとつながり、情報を交換し、その場所で必要な考え方や生き方・働き方を学ぶことで「移行」を乗り切ろうとしていました。たとえば、若いうちに何度も仕事を辞めることや会社を変えることは、調査地の人びとにとって必ずしも「問題」とはみなされていません。「給料未払い」「10年間昇給なし」などが日常的な風景になってしまっている場所で、会社を辞めることは、悩みはしても当然ありうる選択なのです。給料の問題はそれとして考えなければならないのですが、調査に協力してくれた若者たちは、学校や職場、家族周辺のいろんな人といろんなかたちでつながっており、そしてそのつながりによって、その都度「よりマシな仕事」に就いていました。
 このような若者たちの経験から、教育や労働についていわれていることに私は疑問をもつようになりました。たとえば、学校で成功することによって安定的なキャリアを歩める。勉強を頑張り、高い学歴や様々な能力を獲得することで「自立」した「大人」になれる。このような考え方の客観的な「正しさ」を示す研究は、多々あります。ですが、安定的な雇用機会が乏しい場所で生きていこうとするとき、この考え方の「リアリティ」(現実味)は、とたんに薄れます。学歴や能力が高くても、それらを活かす場が極端に少ないからです。しかし、調査協力者の若者たちは、不安定な状況からの脱出を毎回試みながら、自分たちが生きる時代や場所に必要なことがらを学び、彼ら固有の「自立」や「大人」のかたちを模索していました。このような「地方」「田舎」の事例から、「大人になる」ことの過程や意味は、地域や場所に応じて多様にありうる可能性が見えてきました。
 この社会には学歴や能力がモノをいう場面が多くありますし、それらがとても重視される職業もあります。ここでいいたいのは、若者が模索する「自立」や「大人」のかたち、そのために大事だと考えられることは、その時代、その場所の雇用環境や教育環境、働き方、家族のあり方、それらに関する地域的な歴史や文化など、さまざまな社会的な条件に左右されうる、ということです。もちろん「全体社会」で採用されている制度なども強い影響を与えます(たとえば「3月卒業、4月入社」を「自立の第一歩」として当然視することは、きわめて戦後日本的な「自立」イメージだといえます)。個人は、特定の社会的条件のなかで、その時代、その場所の生き方・働き方に大事なことを学びながら、人生を送ります。もちろん、個人にとって「大事なこと」は変化することがあります。しかし、その変化の仕方さえ時代や場所に応じたものであるということを、「地方」「田舎」の若者の「移行」経験が教えてくれました。(これらの研究成果は、下の学術雑誌や図書などに掲載されています。)

 

研究の特色

 このような個人と社会のダイナミックな関係をとらえるとき、社会学はとても有力な理論や方法論を提供してくれます。私の専門は、教育に関するさまざまな事象を社会の仕組みとともに観察・分析・記述しようとする「教育社会学」です。教育に関する社会学的研究、ともいいます。学校や子ども・若者にかかわる事象なら過去のことも現在のことも、ほとんど何でも研究テーマになります。大人の学びや成長を研究することもあります。
 教育社会学には実証研究も理論研究もいろいろありますが、そのメインエントランスは、日常のなかの「あたりまえ」に疑問をもつことと、それについて社会調査を行うことだと思います。社会調査には質問紙調査(いわゆるアンケート調査)やインタビュー、フィールドワークなどのほか、新聞記事や雑誌記事、歴史資料の収集も含まれます。公式統計のような“信頼できそうなもの”ものから、誰かの日記や会話記録など“怪しげなもの・ささいなもの”まで、資料とすることができます。一つ一つの調査が社会学的に適切かどうかは厳しく問われ、“信頼できそうなもの”が実は信頼性・妥当性を欠く調査だったり、“怪しげなもの・ささいなもの”が実は貴重で稀少な記録・資料だったりします。
 これらの調査で収集される人びとの意識や行動に関するデータから、時代や地域に応じて、人びとの理解や感じ方、行動の仕方が異なることが浮かび上がります。私たちとあの人たち、現代の人と昔の人とでは、なぜ理解の仕方や行動が違うのか。ひるがえって、私たちはなぜ同じように理解し行動するのか。研究のきっかけは前者の疑問であることが多いように思いますが、その解明を通じて、後者の疑問に答えられるようになることがあります。「あたりまえ」と思っていたことが、実は特定の社会的条件のもとでしか成立しえない、特殊なことに見えてくるのです。

研究の魅力

 学校や社会、自身の周りで「あたりまえ」と思われていることは、実はある社会的条件のもとで成立している、特殊なことではないか?そうだとすると、私たちが直面している教育問題の核心や解決の糸口は、もっと別のところにあるのではないか?そもそも、このことを「問題」とみなす私たちの思考は、どのような社会的条件のもとで成立しているのか・・・?社会学の理論や方法を駆使して現実を解釈しなおそうとすることで、よりよい問題理解や解決方法を考えられるようになることがあります。そして、目の前にパァっと新しい道がひらけてくる。昨日と同じものを見ているのに、今日からまったく違う見え方になる。地道な調査や分析、考察を積み重ねてこの瞬間に出会うことが、教育社会学の魅力だと思います。

今後の展望

 教育社会学の研究対象は幅広いですから、私自身、共同研究を含めて複数の研究テーマを手掛けてきました。たとえば、学校教員の「ネットいじめ」対応に関する国際比較研究や、教員養成に携わる大学の教職課程担当教員、すなわち「先生の先生」を養成するための新しい大学院博士課程教育プログラムの研究などです。今後は、それらの成果を実践に活かしたいと考えています。現時点では、「ネットいじめ」研究は愛媛県警察本部と愛媛大学教育学部が連携実施している情報モラル推進事業で、「先生の先生」研究は大学院教育の現場などで、それぞれ活用・洗練されています。
 「移行」やキャリアの問題については、冒頭に紹介した研究を発展させて、学校におけるキャリア教育の見直しを行います。キャリア教育は、子どもたち一人一人の能力開発を通じて個人としての「社会的・職業的自立」を実現すべく、20年ほど前から政策的に推進されています。しかし、すでに述べたように、個人の能力を高めてもそれを発揮する場がなければ、教育効果は観察されません(教育が失敗だった、学校や教師に問題がある、とさえいわれかねません)。ひるがえって、学ぶことの意義も見えてきません。それゆえキャリア教育は、人びとが多様なかたちで参画・活躍できる場や社会の創出を、個人の能力開発と同時に志向する必要があります。このような理論的な構想を、カリキュラム開発や教育実践に活かしたいと考えています。
 最近、「工業系女子」の研究をはじめました。すでに市民権を得た「理系女子」とはちょっとイメージの違う、工業高校や工業系専門学校などで学ぶ(学んだ)女性です。ながらく、建設業や製造業での現場仕事は男性の世界と思われてきましたが、下の写真中のマンガや写真集、それから最近のテレビCMなどでは、現場で活き活きと働く女性が描かれています。また、高校就職指導の現場では「優秀な女子生徒を採用したい」という建設会社や工場が増えたともいわれています。しかし、工業教育カリキュラムを学ぶ女性のうち、そうした仕事に就きたいという人は必ずしも多数派ではないようです。こうした動向と状況をどうとらえたらよいのか。「女性活躍推進」時代の工業教育について、新たな研究テーマの開拓を目指します。

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この研究を志望する方へのメッセージ

 「あたりまえ」を疑おうとすると、それを信じて疑わない人との間に、ときどき葛藤が生じます。相手の見方・考え方を「データ」「エビデンス」で論破できる場合もありますが、なぜ葛藤が起こるのか、なぜ相手は信じて疑わないのか、なぜ私は疑うのか、自問してみてください。そのあとすぐ、お互いの立場や経験など社会的な背景を想像してみてください。そのような葛藤は、単に個々人の見解の違いだけでなく、社会的なポジションやバックグラウンドの違いを反映していることが少なくありません。それに気づいたとき、あるいはそのように考えようとしたとき、もうすでに、あなたは教育社会学のメインエントランスに足を踏み入れているでしょう。

 

引用一覧

*1 日本教育社会学会編『教育社会学研究』第102集、2018年
http://www.toyokan.co.jp/book/b370345.html
(2019年10月13日アクセス)

*2 南本長穂・山田浩之編『入門・子ども社会学』ミネルヴァ書房、2015年
https://www.minervashobo.co.jp/book/b186393.html
(2019年10月13日アクセス)

*3 労働政策研究・研修機構編『日本労働研究雑誌』2019年4月号、2019年
https://www.amazon.co.jp/日本労働研究雑誌-2019年-04-月号-雑誌/dp/B07PRZKXGW
(2019年10月13日アクセス)

*4 清文社編集部『土木女子!』清文社、2014
http://www.skattsei.co.jp/search/041114.html
(2019年9月2日アクセス)

*5 松本小夢『ドボジョ!』1巻、講談社コミックス、2011
http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000036320
(2019年9月2日アクセス)

*6 大吉・ひのもとめぐる『成形女子こはく』1巻、三光出版社、2012
http://www.bekkoame.ne.jp/ha/sanko/syoseki/saisin/sinkan.htm
(2019年9月2日アクセス)