地球深部の水の行方を探る

 土屋先生私は、第一原理電子状態計算法という物理学の基本原理である量子力学を基にした計算科学的手法を用い、超高圧・高温下の物質の挙動を調べることにより地球深部の状態を調べています。地球という非常に大きなものを調べるのに、ミクロな世界の支配法則である量子力学を用いることを不思議に思うかもしれません。原子核を周る電子の状態を調べることにより物質を構成する原子間の化学結合の性質がわかります。これが物質の固さや電気伝導度などの性質を決定しています。身の回りの物質はもちろん、地球内部もすべて原子の集合体であるため、量子力学を用いて理解できるのです。
 地球深部は未知の世界です。半径約6400kmの地球ですが、実のところ深さ約10kmより先は掘って直接調べることはできていません。スイカの表面をただ眺めていても甘さがわからないのと同じように、地球を本当に理解しようとするならば、地球深部がどのような物質で出来ていて、さらにどのような状態にあるかを調べる必要があります。
 私自身の興味は、地球の中に存在する水についてです。地球表層には適度な水があり、そのおかげで私たち生命が存在できています。この水は、地球内部を構成する岩石やマグマにも溶け込んで、地球のダイナミクスに大きな影響を与えていています。地球内部には、地球表層の全海水の数倍〜10倍の水が存在するのでは、とも言われています。私は、地球内部に存在する水の状態を第一原理電子状態計算法を用いてシミュレーションすることにより、地球内部の水の量を見積り、地球の進化過程やダイナミクスを解明したいと考えています。

研究の特色・魅力

写真1私たちが行っている第一原理シミュレーションは大がかりな実験装置は必要ありませんが、地球や惑星の内部を調べるうえで非常に強力な手段となります。圧力や温度のコントロールが簡単にでき、また原子そのものを見ることができるからです。例えば、水素はX線ではほとんど検知できませんが、このシミュレーションでは詳細な原子位置を決定することが研究の出発点なのです。そこから、弾性、光学特性、電気・熱伝導度等様々な物性を決定していきます。

Figure 1. 実験室写真 
普段はネットワークを介してリモートで操作するため、実験室にはほとんど立ち入らない。

 約45億年前、地球は太陽を作った材料の残り(微惑星)が集まってできたと考えられています。地球をつくった材料と考えられている隕石には、10重量%を超える大量の水が含まれているものもあります。もし、これがすべて地球の表面にあったなら水は分厚く地球を覆い、陸地を作る余地はありません。一方で、現在の地球表面には、生命が住むに程よい量の水が存在しますが、重さに換算するとわずか地球の重量の0.02%でしかありません。残りの水は何処へいったのでしょうか?
 最近、ダイヤモンド中に、多くの水を含むマントル遷移層(深さ約410-660km)由来の鉱物が発見されました。もしかすると、地球内部には非常に大量の水が存在するのかもしれません。私たちはこのようなマントル遷移層中の鉱物が水を含んだ場合の結晶構造や地震波速度を、第一原理電子状態計算法を用いて調べました。その結果、マントル遷移層の岩石が水を最大限含んだ場合、地震波速度を約4-5%低下させることを明らかにしました。今後、より詳細な地震波観測と解析により、どの領域に水が存在するかが明らかにされると期待されます。
 また、水はマントル遷移層よりももっと深い領域まで運ばれているかもしれません。最近、われわれは下部マントル領域でも安定に存在できる含水鉱物(phase H)を第一原理電子状態計算により予測しました。この新たな含水鉱物の存在は、その後、愛媛大地球深部ダイナミクス研究センターの実験グループにより実証されました。現在、この新しい含水鉱物についてより詳しい理論・実験的研究が国内外のグループで行われています。このように理論シミュレーションが研究を先導できることも、魅力の一つです。

写真2

Figure 2. 地球深部の水循環模式図

 下部マントル深部まで含水鉱物 (phase H) により水が運ばれていくかもしれない。

研究の展望

 この第一原理電子状態計算法の基礎理論は1960年代に提唱されましたが、最近のコンピュータの発展に伴い非常に多くの分野で強力な手段として用いられています。今後もスーパーコンピューターなどの拡充とともに、より高精度になり、より複雑な系への適用が進められていくでしょう。地球や惑星の内部構造に対する重要な発見が、今後も第一原理計算によってなされるかもしれません。

この研究を志望する方へ

 地球の進化過程を知ることは、岩石の塊から生命の誕生を経て現在までの自分自身のルーツを追い求めることだと思っています。そういった意味ではすべての皆さんに関係する興味深い研究対象なのです。また、地球科学は非常に複雑な研究対象ですので、研究者の独自の視点で研究を進めることにより、予想外のおもしろい結果が得られることもあります。地球深部科学をこれから志望する学生さんには、専門外であろうと物理をはじめとした様々な基礎知識を身に着けて新たなフィールドを切り拓いていただきたいと思います。