吸着機能と分解機能を併せ持った新素材の創製

 image004製紙工程では、紙にならなかったパルプを含む残渣が大量に発生します。この残渣は焼却された後に、灰(無機物)となって廃棄されます。これを製紙スラッジ焼却灰と呼んでおり、製紙業界では、この製紙スラッジ焼却灰の対応に苦慮しています。
 なぜ、残渣に無機物が含まれるのでしょうか。製紙工程では、紙をより白くするため、または、紙表面を平滑にするため、さらに、紙に重量感を持たせるためなどに、パルプ繊維以外に、無機物が添加されます。その無機物も残渣中に含まれるために焼却後に灰が発生するのです。この灰の成分は、製紙会社が作る紙の種類によって大きく異なります。従って、これらの灰を有用資源に転換するためには、各社それぞれの灰の成分を見極めなければなりません。
 私たちの研究室では、この製紙スラッジ焼却灰を様々な有用資源に転換する研究を行っており、今回は、その中から、吸着機能と分解機能を併せ持った新素材“ゼオライト-酸化チタン複合体”の創製についてご紹介します。

研究の特色

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図1:ゼオライト-酸化チタン複合体の電子顕微鏡写真

 紙を白くするために、酸化チタンという物質を用いることがあります。これは、酸化チタンが高い白色度を有しているためです。このような物質を顔料と呼びます。一方、酸化チタンは、光触媒という光を吸収することで、例えば、シックハウス症候群原因物質である揮発性有機化合物(VOC)などの酸化分解を示す特性を有しており、近年、環境浄化材として注目を浴びています。紙に使われる顔料の酸化チタンと光触媒を示す酸化チタンとは何が異なるのでしょうか。いずれの酸化チタンとも、化学組成は、TiO2であり、化学成分に違いはありません。実は、粒子径が異なるのです。光触媒反応は、表面反応といって、表面に届いた物質しか分解することができません。従って、より表面が多い、言い換えると、より粒子径が小さい(表面積が大きい)ものほど、活性が高くなります。顔料で用いられる酸化チタンは、全く光触媒活性がないのではなく、粒子径が大きいため、光触媒効果が非常に小さいということになります。以上のような理由から、顔料の酸化チタンは光触媒反応をほとんど示さないことが分かっていました。
 ゼオライトは、主成分がシリカ(SiO2)とアルミナ(Al2O3)である多孔質材料であり、吸着材として広く利用されています。製紙スラッジ焼却灰には、製紙工程で添加されたシリカ(SiO2)とアルミナ(Al2O3)が含まれています。このシリカとアルミナがゼオライトの原料となります。これらシリカ、アルミナと酸化チタンを含む製紙スラッジ焼却灰を原料にして、ゼオライト合成を目的にアルカリ水熱反応を行いました。得られた素材について、どのような成分で構成されているかを分析したところ、ゼオライトが新たに生成され、酸化チタンもそのまま灰の中に残っていることが分かりました。この得られた素材を電子顕微鏡で観察したところ、ゼオライトと酸化チタンが複合化され、一体化された様子が確認できました(図1)。

 このゼオライト-酸化チタン複合体について、VOCの一つであるアセトアルデヒドの吸着・分解試験を行いました。新たにゼオライトが生成されたことから、アセトアルデヒドの吸着が可能になりました。さらに、光(紫外線)を照射すると、アセトアルデヒドが分解され、光触媒活性が発現しました(図2)。
 原料となった製紙スラッジ焼却灰には酸化チタンが含まれているにも関わらず、光を照射してもアセトアルデヒドを分解しないことが分かりました。なぜ、複合体は光触媒活性を示すようになったのでしょうか。さらに詳細な分析を行った結果から、我々は、この複合体の光触媒活性メカニズムを、アセトアルデヒドの吸着を示すゼオライトのすぐ近くに分解効果を持つ酸化チタンがナノレベルで接近しているため、吸着→分解効率が上昇し、結果として、光触媒活性が向上したと結論付けました(図3)。このように、顔料である光触媒活性の低い酸化チタンをゼオライトと一体化させることで、光触媒活性を高めることに成功しました。

研究の魅力

 工業製品を合成・製造する場合には、純度を高めるため、不純物の存在を極力排除します。しかし、廃棄物を原料にする場合、様々な成分の混じった、いわゆる、不純物だらけの混合物を扱うことになります。混合物を原料にした場合、含まれる様々な成分の影響で、合成が狙い通りにいかないことがあります。
 しかしながら、今回の例のように、不純物と考えられた成分(酸化チタン)が目的とした素材(ゼオライト)の生成を阻害することなく、ゼオライトが酸化チタンの機能を高めるという、通常予想しえない結果をもたらすことがあります。この製紙スラッジ焼却灰で得られた吸着・分解素材は、残念ながら実用化に至っていませんが、この発想を取り入れた手法で合成されたゼオライト-酸化チタン複合体が、環境浄化装置を製造販売する企業のVOC除去装置に採用されました。

研究の展望 

最近の研究から、ゼオライト-酸化チタン複合体には、吸着→分解効率を上昇させることに加えて、光の吸収効率を高める効果を有していることが判明しています。光の吸収効率が向上すると、より少ない光でも光触媒反応が働くことから、新たな用途開発が可能であると考えています。

この研究を志望する方へ

 一見、紙産業とは関係ないように思える研究ですが、製紙スラッジ焼却灰は、製紙工程で使われた物質の集合体なので、当然紙の知識も必要となります。扱う素材が混合物なので、混合物に含まれる物質同士の影響も考慮しながら材料を合成する難しさもありますが、逆に、予想し得ない材料ができることもあり大変魅力的です。また、混合物原料から得た知識を応用し、新しい素材を作ることも可能です。一緒に、未利用資源の機能材料化研究に取り組んでみませんか。