21世紀を生きる人に、『変動する生態系』という視点を

 加先生私たちの暮らしは、地球上の様々な環境や生態系から資源の恩恵を受けています。身近な例を挙げれば、回転寿司に並ぶネタは水産資源です。幾つかの寿司ネタはフィッシュミールで育てた養殖魚であったり、小魚を餌として釣った魚です。そのフィッシュミールや小魚はどこからきたかというと、日本沿岸や太平洋を遠く隔てたペルー沖・カリフォルニア沖から漁獲されたイワシ類です。ということは、我々日本人の食生活はイワシ類が大量に獲れる日本沿岸やペルー沖の海洋生態系に随分恩恵を受けているわけです。
 では、我々は数年後も数十年後もいつでもこうした海の恵を享受できるのでしょうか。実は、これらの資源やその生態系は常に安定しているものではありません。むしろ、過去には数十年、数百年、数千年という時間スケールで大きく変動しうるということが、これまでの地球科学的な研究から明らかになってきています。イワシ類資源について言うと、その漁獲量はエルニーニョや太平洋十年規模振動(PDO)という数年スケール、あるいは数十年スケールで変動する気候によって大きく変動することがわかっています。1970年代、ペルー沖にカタクチイワシが全く獲れなくなって、漁業・フィッシュミール産業の崩壊を通じてペルー経済が大打撃を受けました。また、当時フィッシュミールが農作物の肥料や養鶏養豚の餌料としても使われていたので輸入国である日本の農業・畜産業にも大混乱をきたしました。イワシ類だけでなく、アラスカサーモンもまた数十年スケールで資源が大きく変動しています。さらには、サーモン資源が数百年、数千年スケールでも大変動していたこともわかってきました。
 このように、水産資源や生態系はある時間スケールで『長期的に変動する』という特徴があります。もし、ある生態系が事前にいつ変化するかがわかっていればその対応策をとることができるでしょうし、未然に混乱を最小限に抑えることができるでしょう。それには、生態系変動やそれを支配する地球環境の長期的な変動の特性とその駆動要因を的確に捉えることが必要です。しかし、現在把握できる環境・生態系現象はせいぜい数年から数十年スケールで変動する現象であり、数百年、数千年スケールで変動する環境・生態系現象については、その実態はまだ明らかになっていません。よく研究されている数十年スケールで変動するイワシ類資源でさえ、長期予測に必要な変動の周期性や変動幅、駆動する環境要因や気候システムに多くの不明な点が残されているのが現状です。つまり多くの生態系では、今安定供給されている資源がいつどのように変化するかといった情報が不明だというわけです。

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 これは、現象把握に必要な長期データが不足していることに大きな原因があります。約半世紀分は水温等の環境や生物量の観測データがありますが、長期変動特性を解析するには数百年~1万年という長い記録が必要です。私たちは、長期データの不足を補うために、生物量や環境の長期記録を海底堆積物等の記録媒体から復元する研究をしています。こうした学問領域を古環境学と言い、扱う水域によって古海洋学や古陸水学と言います。

研究の魅力

 現在私たちの研究室では、イワシ類資源の数十年~百年スケール変動や、日本の山岳湖沼生態系の異変に関する古環境研究に取り組んでいます。前者の研究から、イワシ類資源変動の周期性等、長期的な変動特性が明らかになってきています。また後者の研究では、清浄を保ってきたはずの我が国の山岳湖沼の環境や生態系が、近年の越境汚染物質の増加によって異変が生じていることが明らかになってきました。こうした研究成果が生態系の長期予測につながり、最終的に水産資源や生態系サービスの維持・管理に役立てられるでしょう。ここに、我々古環境研究者の存在意義があると考えています。

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研究の展望

 現在のフィールドは、瀬戸内海・太平洋の海から、日本全国の山岳の湖沼までと幅広い水域を対象としています。こうした様々な水域の堆積物記録から、変動する生態系や地球環境の実像を明らかにしたいと考えています。21世紀を生きる我々現代人には、地球環境変動やエネルギー問題等、考えなければならない課題が山積しています。と同時に、これまで見えなかった『変動する生態系』を見据えた長期戦略を如何に今後の対策に取り入れていくかという事もこれからの重要な課題です。我々が持つ科学的知見を若い世代や国際社会に発信し、活かされるようにすることも私たち研究者の使命だと考えています。

この研究を志望する方へ

 海洋・湖沼の調査を体験したい方、地球環境や生態系の長期変動について学びたい方、動物・植物プランクトンなどの微化石に興味のある方は、私どもの研究室にぜひお越しください。変動する海洋・湖沼生態系の背後にある法則を紐解き、将来私たちの地球環境や生態系がどのように変わりゆくのか、我々はどのように環境や生態系、水産資源を維持し、次の世代に残していくべきか、一緒に探求しましょう。