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2014.01.07
遺伝情報の伝達に関わる酵素分子をみる
大学院理工学研究科 / 講師 平田 章 / 専門:構造生命科学

※記載内容は掲載当時のものです。

「世界最小クラスの生命体ARMANのRNA介在配列除去システムの構造を解明」

 生命現象の根幹の一つである遺伝情報の伝達に関わる酵素の研究に従事しています。とりわけ、酵素の分子構造をX線結晶構造解析により決定し、その分子構造の「かたち」から機能の解明を目指しています。

平田先生
 生命は、真核生物、真正細菌、アーキア(古細菌)の三つに分けることができます。ARMAN は米国カリフォルニア州の鉄鉱山で発見されたアーキアの一種ですが(図1)、細胞の大きさが、なんとわずか0.0002 mm しかありません。

(図1) 世界最小クラスの生命体ARMAN      Baker, BJ. et al.(2006)Science, 314, 1933-1935

(図1) 世界最小クラスの生命体ARMAN
    Baker, BJ. et al.(2006)Science, 314, 1933-1935

 すなわち、細胞の体積が、大腸菌の数100〜1000 分の1 程度しかない世界最小クラスの生命体です。この細胞のサイズは、生命を維持するために必要な遺伝子やタンパク質をぎりぎり詰め込める大きさの限界ではないかと考えられます。
 しかしながら、ARMANの遺伝子情報の伝達に関わるtRNA遺伝子群には、多くのイントロン(介在配列)が入っています。遺伝子の大きさを限界まで切り縮めているARMAN のtRNA遺伝子に、なぜ不要と思われるイントロンがコードされているのでしょうか?しかも、それらのイントロンには、通常のRNA 介在配列除去システム(tRNAスプライシング酵素)では切断除去できない変わり種も含まれています。アミノ酸配列を調べたところ、ARMAN のtRNAスプライシング酵素は、これまで知られていたものとは、異なる構造を保持していることが予想できました。この新型tRNAスプライシング酵素は、実際にどのようなタンパク質の分子構造をとっており、どうやって変ったイントロンを切断し、tRNAを成熟(完成)させているのでしょうか?
 そこで、ARMANのtRNAスプライシング酵素の分子構造を決定したところ、この新型tRNAスプライシング酵素は、非常に長い2つのペプチドリンカーで、3つのピース(タンパク質サブドメイン)をつなぎとめた前例のないサブユニット構造を持つことが判明しました(図2)。

(図2) ARMANtRNAスプライシング酵素のX線結晶構造

(図2) ARMANtRNAスプライシング酵素のX線結晶構造

 また、変異酵素の解析結果から、新型tRNAスプライシング酵素に特有のループ構造と塩基性アミノ酸残基で、変ったイントロンを識別するということが明らかになりました。したがって、ARMAN は、新型tRNAスプライシング酵素を変ったイントロンが切断できるように独自に進化させていることが分かりました。これらの研究成果は、生命の限界で起こっている分子進化の一端を解明したとも言えます。

研究の特色 

 タンパク質や核酸などの生体高分子の構造を決定する手法の一つにX線結晶構造解析があります。まず、X線結晶構造解析を行うには、高純度の精製標品を準備して結晶化をする必要があります(図3)。運よく結晶を得ることができれば、実験室レベルで結晶のX線回折を確認し、最終的には高輝度放射光施設(SPring-8)に結晶を持ちこんで、結晶に強力なX線ビームを照射してX線回折データを収集します。次に、得られたX線回折データを解析して結晶中の生体高分子の結晶構造を決定します。この生体高分子の構造情報に基づいて、生化学的解析を行い酵素の基質認識や触媒反応機構を明らかにしています。

(図3) タンパク質分子構造を決定するまでの流れ

(図3) タンパク質分子構造を決定するまでの流れ

研究の魅力

 「かたち」は「機能」に依存し、「機能」は「かたち」に依存する。そんな相関性を持つ生体高分子が、私たちの細胞内で無駄なく本来の機能を発揮していると思うだけで感動を覚えるのは私だけでしょうか?目だけでは実際に見ることが不可能な生体高分子、とりわけ、酵素分子を可視化する手段の一つであるX線結晶構造解析に魅力を感じ、今まで数多くの酵素分子の構造を決定してきました。実際に酵素分子の構造を目の当りにすると、機能に依存した様々な「かたち」が存在し、機能を発現するための酵素分子の神がかり的な巧妙さに気づきます。

研究の展望

 機能は分かっていても、分子構造が決定されていないために、機能発現の分子メカニズムが明らかにされていない酵素が無数に存在しています。特に、ヒトの遺伝子疾患に関わる酵素がそのケースに当てはまります。今後は、そのような高難度な酵素分子の構造決定にも着手し、分子レベルで酵素の機能発現を解明することで、ヒトの遺伝子疾患の理解を深める一助になればと考えています。

この研究を志望する方へ 

 酵素分子の構造を決定するのに重要な結晶づくりには数日、数週間、数カ月、数年、数十年かかるときもあります(図4)。

(図4) 半年ががりで作成したタンパク質結晶

(図4) 半年ががりで作成したタンパク質結晶

 タンパク質の結晶化の方法論はある程度確立されてきましたが、まだまだ試行錯誤で結晶を作成する必要があります。誰でも酵素を高純度に精製し、それを結晶化し、良質な結晶を得さえすれば、酵素分子の構造を決定できます。最後まで、あきらめずに良質な結晶を作成できれば酵素分子をその目で見ることができるのです。どんな研究でも、自分で自分の限界を勝手に作らず、あまり難しく考えずにただ実践あるのみです。酵素分子の構造の真実はすぐそこにあります。さあ、もう一歩進んで、真理の探究者になりませんか?