音楽は言語のようでいて、言語化できない感情のひだに働きかけるもの

 福富先生1「音楽」って、何でしょう。あなたにとって、音楽はどのような存在ですか。
 音楽は、言語によく似ているのではないかと思います。
 例えば、譜例の旋律ですが、前半は「半終止(読点に相当)」し、後半は「全終止(句点に相当)」して、ひとつの楽節(ひとつの文)を構成します。単語などの連結によって意味をなす「文」や、複数の文によって構成される「物語」のように、音楽も一定の仕組みに基づいて形づくられることで、まとまりの感じられる旋律や楽曲を作り出すことができるのです。 

『春が来た』 高野辰之作詞 岡野貞一作曲

『春が来た』 高野辰之作詞 岡野貞一作曲

 それでは、言語と音楽の違いは何でしょうか。例えば、「このリンゴは赤くておいしい」というような具体的な意味を、音楽では他者に伝えることができません。しかし、音楽は不思議な魅力を放ち、感情に直接働きかける力をもっている、ともいえるのではないでしょうか。
 音楽は、「作る」、「演奏する」、「聴く」という一連で成り立っています。それぞれの行為に人の介在がなければ成り立たない表現領域です。
 私はピアノ奏者として、作曲者と聴き手の橋渡し的な役割を担っています。これまで、ピアノの奏法と音楽表現法を中心に研究を行い、実践的活動を通じた成果発表を行ってきました。現在、独奏だけではなく、様々な可能性をもつ「ピアノ」という楽器の特色を活かした他者との演奏(アンサンブル)にも、積極的に取り組んでいます。アンサンブルでは、独奏時以上に音と空間の精密な知覚・認識が必要となり、客観的な視点で演奏を聴かなければなりません。技術的には、音色の変化や響きの多様化を追求し、和音内での打鍵スピードを変化させる奏法の研究も行っています。

(写真)愛媛大学教育学部大演奏室 「チェロとピアノ ソロとアンサンブルの楽しみ」

(写真)愛媛大学教育学部大演奏室 「チェロとピアノ ソロとアンサンブルの楽しみ」

研究の特色

 演奏研究は、聴衆に伝えるための的確な演奏技術を前提にして、楽曲の分析・解釈に普遍性と独創性が備わっていることが求められることから、近年、学術的研究と同等に評価されるようになってきています。演奏家は日々、作品と向き合いながら作品本来の真価を見定め、あらゆる視点から裏打ちされた表現を見いだす作業を行います。

ベルリンフィルハーモニーホールでの協奏曲演奏会から

ベルリンフィルハーモニーホールでの協奏曲演奏会から

 

研究の魅力

 生き生きとした活動の中から自発的に発想することが「音楽」の原点ではないかと思います。私は、西洋音楽を研究対象としていますが、数百年も昔に誕生した作品と向き合い、現代の楽器で作品を最大限に活かすことのできる表現を模索する過程において、多様な解釈や発見があることもこの研究の魅力です。そして、その一瞬にしか出会えない音、音楽が人の心を動かし、人と人をつなぐコミュニケーションが生まれていく場面に立ち会える喜びを、いつも感じています。

研究の展望 

研究室での授業風景

研究室での授業風景

現在、表現研究と並行して、古典ソナタ形式の動機や主題の在り方を分析・検証することにより、作品の真髄を探る研究を行っています。楽想の中心となる「主題」に焦点をあて、各部の役割や各音の意味を表出する作業を行います。これらの作業は、演奏する際の呼吸やフレーズと密接に関連し、自身の感じる音楽に「根拠を与えてくれる」重要な情報になります。
 ピアノに向かう地道な積み重ねと分析研究が相互に作用し合い、演奏表現の視野が広がり深まっていければよいと考えています。また、学習者への指導においても有益なメソードを構築できるような研究にしていきたいと思います。

この研究を志望する方へ

 情報量の多いピアノ譜を読み練習するという行程は、膨大な時間を費やします。一体、限られた時間の中で、どのようにピアノと向き合ったら良いのでしょうか。あまりに細かく時間のかかる練習に疲れて、やめたくなる時もあるかもしれません。そんなときは、小さな目標を設定し、今の自分の課題を見つける作業をしてみると良いかもしれません。何度も通して演奏するだけではなく、「どのように感じるのか」、「どのように弾きたいのか」と自分に問いかけ、自分だけの音、自分なりの音楽をひとつずつ発見していくことは、とてもワクワクするものです。
 音楽に触れることの喜びを感じ、探究心や自由な発想を常にもち続けることが何よりも大切なことではないかと思います。