電子顕微鏡でのぞく小さな世界

 大藤先生私たちの住む地球をつくっている最も小さな構成単位は、実は「鉱物」です。もちろん、その鉱物を形づくる原子や素粒子などはもっと小さなスケールにありますが、実際に肉眼で観察できるものとしては、鉱物が最小の構成単位といえます。私たちの身近にある岩石(例えば、河原の石や壁材、墓石などの石材など)は、鉱物が緻密に集合したものです。地球上には4,000を超える種類の鉱物が存在しますが、結晶構造や周囲の化学条件、温度・圧力条件などによってそれぞれ固有の形、産状を示します。ある環境において、鉱物がどのようにして結晶化したのかという痕跡は、しばしば鉱物の微細組織の中に記録されています。
 私は主に電子顕微鏡を用いて自然界(地表)に産する鉱物や、実験室で合成した地球の奥深くにあると思われる鉱物の微細組織や化学特性を調べ、ミクロ(1/1,000 mm)〜ナノ(1/1,000,000 mm)領域から得られる情報をマクロへ拡張し、それらの鉱物の形成メカニズムを探る研究を進めています。

研究の特色

透過型電子顕微鏡

透過型電子顕微鏡

 研究を進めるにあたり必須となるツールが、電子顕微鏡です。電子顕微鏡では、可視光よりもずっと波長の短い電子線を使って試料を観察します。電子顕微鏡を用いると、白黒の世界ではありますが、ミクロからナノスケールにおいて物質の表面や内部構造を観察することが可能となります。また、電子線の照射によって試料から発生するX線や、電子線の回折現象を利用すると、微小領域における試料の化学組成や結晶構造、結晶方位などの情報を引き出すこともできます。
 私はこの電子顕微鏡を武器に、様々な鉱物の微細組織や生成プロセスを調べていますが、最近では天然および合成ダイヤモンドの形成メカニズムを探る研究に特に力を入れています。 

 

高温高圧合成されたナノ多結晶ダイヤモンド

高温高圧合成されたナノ多結晶ダイヤモンド

 私の所属する地球深部ダイナミクス研究センターでは、高温高圧実験技術を駆使して2003年に世界で最も硬いナノ多結晶ダイヤモンドの合成に成功しました。ナノ多結晶ダイヤが通常の単結晶ダイヤを凌ぐ硬度を有する理由は、その微細組織にあります。ダイヤモンドは地球上で最も硬い物質ですが、特定の方向(結晶方位)へは割れやすい性質(劈開)を持っています。ナノ多結晶ダイヤでは、多数の小さな結晶が集合しているため全体としては劈開がなくなり、ダイヤモンドの弱点を克服しています。
 私の研究室では、この特徴的なナノ多結晶組織の形成プロセスを理解するために、出発原料のグラファイト(黒鉛)と合成されるナノ多結晶ダイヤの微細組織観察に基づく検討を行ってきました。その結果、ナノ多結晶ダイヤの微細組織は、合成の温度圧力条件よりもむしろ出発物質のグラファイトの結晶性(個々の粒子サイズや構造欠陥の頻度)に大きく依存することが分かってきました。例えば、結晶性の悪い細粒なグラファイトを出発物質に用いると粒径数nm以下の極めて細粒な多結晶ダイヤが合成され、結晶性の良い(単結晶様の)大きな出発試料を用いると、前駆体のグラファイトの結晶構造を反映した層状のナノ多結晶ダイヤが得られます(図参照)。現在、これらの研究結果を考慮に入れ、高圧合成ダイヤモンドの組織制御にも取り組んでおり、新しい機能性ダイヤモンドの創成にも力を入れています。

組織制御によって得られた高圧合成ダイヤモンド(左からアモルファス様ダイヤ,ナノ多結晶ダイヤ,層状ナノ多結晶ダイヤ)

組織制御によって得られた高圧合成ダイヤモンド(左からアモルファス様ダイヤ,ナノ多結晶ダイヤ,層状ナノ多結晶ダイヤ)

研究の魅力

 我々研究者(科学者)の一番の原動力は、やはり知的好奇心です。鉱物を扱う研究においては、それに加えて美的感性が大いに刺激されます。鉱物はしばしばキレイな結晶をなしますが、その透明感や色艶、多面体形態や対称性など、自然が作る造形美には感動を覚えます。また、さらに小さな世界(微細組織)を覗いてみると、鉱物の自己組織化を通してつくられる美しい幾何学模様や規則性に出会うこともあります。
 私の研究室では、電子顕微鏡による観察・分析技術を生かして、様々な天然・合成鉱物試料や材料の組織観察を行っています。それらを通して感じることは、無機物の結晶化プロセスに働く物理作用や法則(エネルギーの最小化)には、物質やスケールは異なれど、実に共通点が多いということです。観察を通して日々勉強させられます。鉱物学・結晶学の知識と電子顕微鏡観察の技術・経験を武器に(磨きながら)、世の中の様々な現象のなぜ?にメスを入れるのが、私の研究の醍醐味です。

研究の展望

 私が学生時代から抱いている信念の一つが、「鉱物学(的知識、視点、発想)を通して地球(の様々な現象)を理解する」というものです。もちろん鉱物学は、数ある地球科学の学問分野の一つに過ぎませんが、「鉱物が地球の最小構成単位」であるからには、最も原始的、本質的な視点で現象をとらえることができると考えています。また、そう意識することで、自分自身の視野を広げられるような気もしています。

流体中で自発核形成したダイヤモンド

流体中で自発核形成したダイヤモンド

 私の研究室では、最近、地球の深部で形成される天然のダイヤモンドについてもその起源と形成メカニズムの解明を目指して研究を進めています。天然のダイヤモンドにおいても、単結晶と多結晶(数十〜数百ミクロンの微結晶の集合)がありますが、この形態・組織のバラエティが、形成環境(成長流体中の過飽和度)に密接に関係していることが分かってきました。地球の中でダイヤモンドが生成される背景には、炭素の地球深部循環に加えて、H2OやCO2、CH4などの超臨界混合流体の生成や移動、化学挙動といった重要な要素があります。今後もダイヤモンドの微細組織や内部包有物の観察と高圧実験を組み合わせて、地球内部における物質循環のメカニズムとその役割について、鉱物学独自の視点から切り込んでゆきたいと考えています。

天然の球状多結晶ダイヤモンドとその微細組織(中央)と結晶方位分布(右)

天然の球状多結晶ダイヤモンドとその微細組織(中央)と結晶方位分布(右)

 

この研究を志望する方へ

 理学部の良いところは、自分が「おもしろい!」と感じた未解決の問題や現象をとことん追求できることです。電子顕微鏡を使って肉眼では到底見えない世界をのぞいて、鉱物や物質の様々な情報を引き出すのは、たいへん好奇心が掻き立てられます。しかし、極めて小さな領域を観察しているため、気を付けないと「木を見て森を見ず」の状態に陥ってしまいます。そうならないためにも、常に広い視野を持って客観的にも物ごとを捉える姿勢が大切です。そこをきちんと押さえられれば、きっとあなたも「小さなものを見て大きな話をする」研究の魅力に引きこまれることでしょう。