魚類の生体防御と病原体とのせめぎ合い

 北村先生熱帯魚などを飼育している人はご存じだと思いますが、魚類も人間と同様に病原体による感染症が発生します。魚類の感染症が最も脚光を浴びるのは養殖魚に大量死が起きたときです。最近では、コイヘルペスウイルス病が記憶に新しいところです。我々の研究室では、このような感染症が発生するメカニズムについて研究を行っています。特に、病原体の病原因子や宿主魚類の免疫応答の解明に取り組んでいます。

 

 

研究の特色

 現在、いくつかのテーマで研究を行っていますが、最近得られた興味深いデータを紹介します。

リンホシスチスウイルスの感染による宿主細胞の肥大化メカニズム 

図1:リンホシスチス病罹患ヒラメ

図1:リンホシスチス病罹患ヒラメ

リンホシスチス病(lymphocystis disease; LCD)は、熱帯魚にも起こる有名な魚類感染症の一つです。この感染症に罹った魚類の口唇部・鰭・体表などには、直径が1mm以上にもなるリンホシスチス細胞(lymphocystis cell; LCC)と呼ばれる巨大な細胞塊が現れます(図1)。
 このように、本病は視覚的に診断できるため、古文書にも記載されており、最も古くから知られている魚類ウイルス病です。日本では、養殖ヒラメにおいてLCDが多発し、問題となっています。この感染症でヒラメが死んでしまうことはありませんが、不気味な外観症状で商品価値がなくなります。
 

図2:リンホシスチスウイルス

図2:リンホシスチスウイルス

本病の原因ウイルスは、イリドウイルス科のリンホシスチウイルス属に属するリンホシスチスウイルス(lymphocystis disease virus; LCDV)であることが分かっています(図2)。本病に関する研究は、古くから行われてきているものの、このウイルスを増殖させることができる培養細胞が存在しないため、本病の最大の特徴であるLCCの発生メカニズムに関する研究は全く進んでいませんでした。
 そこで、我々は細胞培養に頼らず、近年劇的な発展を遂げている遺伝子発現の網羅的解析によって、感染魚の遺伝子発現変化を調べることで、LCCの形成メカニズムの一端を明らかにすることができました。以下に詳細を示します。
 ヒラメに人工的にLCDVを感染させたところ、感染21日目から発症個体が観察され、発症率は経時的に増加しました。ウイルスは感染14日目に初めて検出され、28日目から42日目の間に260倍に急増しました。このことから、LCDVは感染後、約2週間の潜伏期を有する遅発性ウイルスであり、ウイルス量が十分なものとなった後にLCC形成を誘発することが明らかとなりました。マイクロアレイ実験の結果から、感染28日目までは、ほとんどの遺伝子で発現量変化は認められませんでした。しかしながら、ウイルスが盛んに複製していた42日目では、900個以上の遺伝子において発現量変化が観察されました。
 これらのほとんどは発現が抑制されており、特にアポトーシス誘導および細胞周期調節に関連する遺伝子群の発現が抑制されていました(図3)。本研究で得られた遺伝子発現変化は、DNA腫瘍ウイルスに感染した宿主のものと酷似していたことから、LCC形成は腫瘍形成と類似した機構によるものと考えられました。
 現在は、宿主細胞の肥大化の引き金となるウイルス遺伝子を解明しているところです。

図3:マイクロアレイ実験の結果から推測されたリンホシスチス細胞の形成機構

図3:マイクロアレイ実験の結果から推測されたリンホシスチス細胞の形成機構

研究の魅力

 研究を行っていると必ず壁にぶち当たります。仮説を立てて、検証実験を行ってもどちらつかずのデータが出てくることはざらです。そんな毎日が続く中で、真実を知ることができた時の喜びは他のものに変えがたいです。また、得られたデータが論文として国際誌に掲載された時にも喜びを感じることができます。それが研究の魅力だと思います。

研究の展望 

 我々は、基礎科学と応用科学の境界領域で研究を進めています。今後の目標は、論理的な思考を持ち合わせた卒業生を社会に輩出すること、基礎学問を発展させるために普遍性のある生物メカニズムを解明すること、そして感染症を制御する手法を開発し水産業に貢献することです。

この研究を志望する方へ

 我々の研究室では、感染症が発生するメカニズムを明らかにするという点では、メンバーの目標は同じです。しかしながら、そのアプローチは多様で実験内容が異なります。答えを導くために、新しい手法を探し出し、研究室に導入してみようと思う積極性のある方はいつでもご連絡下さい。