頂点作用素代数の魅力

阿部先生日常生活に全くかかわりがないように見える、頂点作用素代数と呼ばれる代数系の研究をしています。その起こりは全く異なる二つの分野に端を発します。その一つは、共型場理論と呼ばれる物理の理論で、そこではリー代数と呼ばれる数学の理論が中心的な道具として用いられており、頂点作用素代数は共型場理論のモデルの数学的公理化として現れました。もう一つは、群論と呼ばれる分野です。そこでは、モンスター群と保型形式という二つの数学の分野の間に見つかった不思議な関係の解決にむけて、その間を取り持つ代数として登場しました。どちらも30年ほど前に現れ、全く異なる二つの分野をつなげる新しい数学的対象として当時のインパクトはかなりのものだったと思います。
私は、この頂点作用素代数と呼ばれる数学的対象を、理論と具体例の両面から研究しています。この頂点作用素代数の研究は、その誕生以来、これまで多くの進展がありましたが、一方で解決されていない問題も数多く残っています。そのような未解決問題の解決を目指しながら、頂点作用素代数の新しい構造や表現論について代数学の視点から日々研究しています。

頂点作用素代数の表現論という分野そのものは、それ単独では非常に狭いものです。しかし、いろいろな興味深い数理現象とつながっています。例えば、上述の頂点作用素代数の研究が盛んとなった一つの理由である、ムーンシャイン現象の解明があります。ムーンシャイン現象とは、モンスターと呼ばれる群と j (τ) という保型関数のフーリエ係数の間の不思議な関係があるという現象で、35年程前に見出されました。その関係があまりにぼんやりとしていて、戯言のようだということでこのような名前で呼ばれていました。もう少し具体的に言うと、モンスターとは、散在型有限単純群と呼ばれる群のうち一番位数の大きい群であり、 j (τ) は古くから知られていた非常に有名な楕円保形関数です。このとき、モンスター群の既約次数と保形関数 j (τ) のフーリエ展開係数の間には次のような関係があります。

infinity

この不思議な関係が、頂点作用素代数を架け橋として数学的に説明できるのです。

 

 研究の特色

セミナー風景@熊本大学

セミナー風景@熊本大学

小学校で学ぶ四則演算のように、頂点作用素代数は演算を持ちます。しかし、その演算は無限個あり、その演算たちが複雑な関係式を満たしています。頂点作用素代数の研究では、リー代数の理論を始め、群の理論、環の理論など多くの分野からの考え方を用いていますが、通常はそのまま適用できず、その理論の類似や理論を使える範疇にまでを議論を持って行くことで多くの事実が導かれます。このように、既知の理論を用いることで、いろいろな構造や性質をある程度までは把握することができます。しかし、細部の構造を調べるには、演算達が織り成す関係式を用いて得られる新しい発見が必要となります。この関係式の形が非常に複雑で、新しい構造はなかなか見つからず、困難が多いのが現状です。逆にいえば、一つの新しい構造の発見からこれまで知られた構造の要因が得られ、その本質が見えてきます。

研究の魅力

講演風景@Taipei, Taiwan

講演風景@Taipei, Taiwan

頂点作用素代数は共形場理論を取り扱うための数学的理論として、一方でムーンシャイン現象の解明のために考え出された概念ですが、現在では道具としてだけでなく一つの理論として飛躍しています。特に、当初は正しいと考えられていたことが否定的に覆されたり、何年たっても解けない予想が残っていたりと良い意味で問題には事欠かない分野です。一つの模型を扱うのも非常に大変な分野で、入口の敷居は少々高いですが、符号や格子の理論との類似があったり、数論との関連があったり、単純群との関連があったりと、多くの数学や物理の分野とつながっていて、研究の対象としてありがたい存在です。現在、私は頂点作用素代数の構造に関するある予想の解決に向けて研究中ですが、その解決には、まだまだ計算や考察が必要なようです。考えてはやり直しの繰り返しですが、やることが尽きないので、とても楽しい分野です。

研究の展望

頂点作用素代数の持つ構造は、今でもその可能性がすべて出尽きているとは言い難いほど複雑ですが、その構造を少しでも多く解明することで、頂点作用素代数の活躍する場はもっと増えるのではないかと期待しています。また、頂点作用素代数だけでなく、無限個の演算を持つ代数系は他にあってもよいと思われるので、この研究が今後の数学に大きな影響を与えるのではないかとも考えています。

この研究を志望する方へ

私の研究している分野は、学部や大学院で通常学んでいても、その名前が出てくることは非常に稀な分野です。しかしその研究には学部で学ぶ線形代数をはじめとする多くの基礎的知識が必要となります。分野自身が比較的新しいので、新しいことを知りたいという欲求、わかるまで考え続ける忍耐力、そして考えることが楽しいと思える気持ちが必要です。