地球や惑星の内部構造と進化過程の全容解明を目指して

block_34124_01_m 理論的計算物理学的手法に基づく地球惑星物質の研究、およびそのための手法を開発しています。主な研究内容は、地球惑星物質の第一原理量子物性シミュレーション技術の開発、それを用いた超高圧・高温条件下における地球惑星物質の各種物性、特に結晶構造、相平衡、熱力学特性、弾性特性の解明です。得られた結果を用いてマントルや核を構成する物質の詳細についての定量モデリングを世界的にも先駆的に展開しています。
 その他、高圧物質科学のもっとも基礎的な問題である圧力メモリの精度向上に関する研究や、輸送特性、特に格子熱伝導や原子拡散、転位論に基づく塑性特性など、次世代の革新的シミュレーション技術の開発も精力的に推進しています。

研究の特色・魅力

 block_34138_01_m現在、何億光年もの先の宇宙を観測したり、小惑星の物質を実際に地球に持ち帰るなど、宇宙の理解が日々進展しています。一方、 地球内部は宇宙空間に比べて距離的には近いにも関らず、人類の到達深度は、高々、地下10km程度に過ぎず、いまだ謎に満たされた世界です(図A)。地球惑星科学だけでなく物理や化学などの基礎科学の立場から見ても、超高圧高温の地球惑星内部には宇宙空間にも勝るとも劣らない魅力があります。世界一高いエベレストで0.3気圧、水深6000mの深海底で600気圧、また温度については、世界最高気温が58.8°C(1921年、イラク)、最低気温が-89.2°C(1983年、南極・ボストーク基地)と記録されており、我々人類の生活環境は、高々この程度の圧力温度環境の中に収まっています。

 一方、地球や惑星の内部の圧力温度は、地球中心で約365万気圧・6000°C、木星中心で約4千万気圧・15000°Cと推定されています。星の内部を直接探査することが不可能であるように、このような極限の圧力温度条件を実験的に作ることですら極めて困難であることは容易に想像されます。地球や惑星の内部は直接探査不能な極限の世界なのです。探査機や実験装置の代わりに用いられるのが、大規模並列計算機(図B)を用いた第一原理鉱物物性シミュレーションです。

 地球や惑星の内部の超高圧高温環境下では、固体や液体の構造(原子配列)に変化が起こり、それに伴い物性(物質の性質)も変化します。これを相転移と呼びます。鉛筆の芯の主成分である黒鉛と宝石のダイヤモンドが、どちらも同じ炭素からできていることは、もっともよく知られる例です。高圧高温環境下で黒鉛はダイヤモンドへと相転移します。この相転移は、地下70kmに相当する約2万気圧程度の比較的低い圧力で起こります。マントル物質も同様に圧力増加に伴い相転移を起こし、それが地球内部の主要な地震波不連続面の成因となっていますが、最近になって下部マントル物質であるケイ酸塩ペロヴスカイトの新たな相転移(図C)が見つかり、それがマントルと核の境界で観測される正体不明の地震波不連続面の原因であることが、我々の研究などから解明されました。この現象は地球の限られた場所で顕著であり、今のところ地球内部の冷たい沈み込む流れを反映していると考えられています。一方、地球とは異なる組成を持つ木星や土星などの巨大ガス惑星ではまた異なった現象が期待されます。それらの惑星では水素を主成分とする大気が数百万気圧の圧力のもとで金属状態へと相転移を起こすと考えられています(図D)。その金属水素の流動が惑星の強い磁場の源と考えられていますが、金属化の詳細は明らかになっていません。また、近年観測技術の進展に伴い太陽系の外部に多くの惑星が発見されるようになり、現在その数はすでに500個に届こうとしています。その中の幾つかは地球と同じ岩石を主体とする惑星であることがわかっており「スーパーアース」と呼ばれています。われわれは研究手法をさらに拡張し、現在これらの天体の内部構造についても成果を挙げています。惑星の内部構造を詳しく明らかにすることで、運動の様子(ダイナミクス)が理解でき、その進化を考える重要な手掛かりが得られます。つまり構成物質の超高圧超高温環境下での振る舞いを理解することは、地震や火山の活動、マントル対流や磁場生成などの現象、さらには地球や惑星の形成・進化の謎を解明するために不可欠なのです。

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(図C)

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図(D)

 

今後の展望

 地球の中心に至る高温高圧条件下での地球惑星物質の精密な結晶構造、物性、化学組成変化の情報が明らかにされ、地球内部の構造・ダイナミクス・進化を解明する上での決定的な制約がもたらされつつあります。また地球科学にとどまらず、木星型巨大惑星や系外惑星の内部物質の研究に関しても大きな進展が期待されます。さらに新たな超硬物質や高温超伝導物質の探査等の学際的分野への波及効果も大きいものになります。GRCをはじめとする国内外の実験グループとも活発に共同研究を推進し、更に高度な研究の進展も期待できます。

この研究を志望する方へのメッセージ

 結晶の色や形、力学特性、電気特性といった物質の性質は、たくさんの電子や原子が集まって初めて生まれます。量子力学や統計力学といった物理学の基本原理から、これらの性質を理解し、未知の物性を予測・解明しようとする場合に、コンピュータシミュレーションが大きな力を発揮します。今や地球惑星物質科学の研究に欠くことのできないコンピュータシミュレーション、私たちはその中でもとくに「第一原理電子状態計算」と呼ばれる手法を用いて、理論或いは数値実験の立場から研究を行っています。

 第一原理電子状態計算は、実験データに合致した答えが得られるように人為的にモデルパラメータを調整するのではなく、物質を構成する原子の原子番号などの基礎的情報と、量子力学の基礎方程式から出発して、物質の性質を非経験的に計算する方法です。観測が難しい原子レベルの現象、実験室での実現が困難な超高圧下の結晶構造、自然界には存在しない新しい材料の設計など、第一原理電子状態計算の応用範囲は広がり続けています。

 物性物理と地球惑星科学の境界には、未開のフロンティアが広がっています。惑星深部の超高圧状態では常識を覆す奇妙な現象や、予期しない新しい物質を見出すことがよくあります。それらの探索は未知の世界を冒険し宝探しするようなもので、わくわくする楽しさがあります。プログラムや方法論の開発はそのための道具作りに当たります。私たちは原子論・電子論に基づく計算機シミュレーションを使って、そのような新しい領域を開拓し、太陽系や地球の起源、ひいては生命の起源の謎にも迫っていきたいと考えています。

 block_34155_01_mこの分野に進むには量子力学、統計力学、固体物理学に関する基本的な知識が必要なことはいうまでもありません。ですが、それらをすべて理解するのはそれほど簡単ではありません。ぜひじっくり勉強を続けて、理解を深めてください。コンピュータプログラミングについても高度な予備知識は特に問いません。必要に応じて勉強しようという意欲や興味を持つことが大切です。研究室のゼミでは、鉱物物性理論における基礎的な手法や新しい考え方を学びながら、最先端の研究をおこなっていきます。これまで実験をしていたが理論的背景にも興味が湧いてきたという人なども歓迎しています。