イノシシやシカから人間の安全を守り、美しく豊かな農村空間を創造する

block_30968_01_m イノシシやシカ、サルといった野生動物が田んぼや畑を荒らし、農家の生活を苦しめています。人間の作る栄養のある農作物を、しかも(人間の抵抗に遭うことなく)安全かつ楽に食べられることを知った野生動物は、農地の耕作放棄が進み、人間が土地を野性に返すようになった現在も、やはり農地へ下りてきます。また、いくら駆除をしても、農作物による餌付けをやめない限り、野生動物は減らないでしょう。
 そこで、私は農村の空間構造を解析して、野生動物が侵入しにくい農村の設計方法を研究しています。具体的には、人間と野生動物の生息地の間に“
すきま”を設け、両者の直接的な衝突を回避する空間設計方法を研究しています。この“すきま”は「境界空間」や「緩衝地帯」、「バッファーゾーン」などと呼ばれています。

研究の特色

 一口に農村といっても、その形や大きさ、標高、河川との位置関係、周辺の土地条件等、空間構造は千差万別です。そこで、コンピューターを用いてこれらの空間構造を整理し、分析します。
 一方、人間が空間をどのように利用しているのかを知るために、農地を歩いて利用や管理の状況を調べたり、住民の方へのアンケート調査で農業や動物被害の状況を調べたり、狩猟者の方に同行して歩行経路を計測するなどして、データを集めます。

 

 また、動物が空間をどのように利用しているのかを知るために、赤外線センサーカメラを設置して出没する動物の種類、時間、頻度や、イノシシが泥あびをする“ぬた場”など野生動物の痕跡を調べたり、野生動物がよく利用する獣道を計測するなどして、データを集めます。
 これらのデータを総合的に解析することにより、農村空間における人間と野生動物の活動域を整理し、適切な“すきま”の位置や幅、整備・管理方法などを検討したいと考えています。

 

 

研究の魅力

 私が所属する地域環境工学コースの研究は、“わかった”だけでは終わらず、“じゃあ、どうするのか”というところまで研究を発展させられるところが魅力です。また、目の前の問題にだけにとらわれるのではなく、遠い未来、さらには地球全体を見渡すような視点で研究に取り組めることも、責任の重さとともに仕事の喜びを感じさせてくれます。
 さらに、農村での現地調査も魅力の一つです。農家や狩猟者など各分野のプロフェッショナルから学べることは限りなくあり、山林や農地では自然
の不思議さや美しさとともに、人の営みの力強さを再発見できます。五感をフルに使って観察し、得た情報やデータの因果関係を整理して数値化し、科学的に表現し得たときの喜びは何ものにも代えがたいものがあります。

 

研究の展望

 人間と野生動物との衝突は、日本に限ったことではありません。たとえば、インドには、ゾウやトラとの衝突で不幸にも命を落とす人がいます。また、今に限ったことでもありません。身体能力の高い野生動物から身を守ることは、マンモスの時代から続く人類の最重要課題ですし、これからもそうあり続けるでしょう。
 一方、野生動物を保全し、豊かな生態系を守ることもまた、私たちの暮らしを豊かにする上で欠かせないことなのです。野生動物と人類が小競り合いを繰り返しながらも共存し、それぞれが豊かに暮らしていかれるような、そんな地球を設計する方法を見つけられたらと思っています。

この研究を志望する方へ

 この研究には実験室がありません。強いて言うなら、地球が大きな実験室と言えるでしょう。この広大な実験室を歩き回る体力、材料を見つける観察力、社会と協力し合って実験するコミュニケーション能力、そして何より小さな現象をつなぎ合わせて全体を理解する統合力が求められます。
 そして、農村が好き、田んぼが好き、山が好きということが必要です。日本には世界がうらやむ美しい農村がたくさんあります。私たちの宝物です。ぜひ出かけてみましょう。そして、少しでも多くの方が農村に興味を持ってくれることを、心から祈っています。