リンゴのみつ症状発現の温度生態とその生理 

 block_18581_01_m果樹学研究室では、果樹栽培におけるさまざまな問題を生理生態学的に解明し、高品質果実の安定生産を実現するための栽培技術の開発にかかわる研究を行っています。対象とする果樹やテーマは多様ですが、ここでは筆者が長年取り組んでいるリンゴのみつ症状についての研究内容を紹介します。
 リンゴの“みつ症状”とは、果肉組織の一部が半透明で水浸状になる症状のことで、一般に“蜜入りリンゴ”と称される果実の“蜜”のことです。みつ症状を発症したリンゴは、欧米諸国ではあまり好まれず生理障害として扱われますが、わが国では特異的に消費者に好まれ、市場でも高値で取引されます。
 通常のみつ症状は、‘ふじ’などの品種において樹上で果実が成熟期に入ると発生することから、果実の成熟現象の一部と考えられていますが、その発生条件や生理的メカニズムはほとんど解明されていませんでした。20年以上も前に、北は北海道大学から南は九州大学まで全国13大学で栽培したリンゴの品質調査を行ったところ、寒冷地ほどみつ症状が顕著であることを偶然観察しました。そこで温度とみつ症状との関係を実験的に解明すべく、樹上で果実に特殊な装置を取り付けて果実周辺部の温度(果実温度)だけを変える処理をしたところ、25℃前後ではみつ症状がまったく発現しないのに対して、それよりも温度が低下するほど症状が顕著になり、先の全国調査の観察を実験的に確認しました。

温度とみつ

温度とみつ

 みつ症状発現の生理的要因は不明な点が多いのですが、多くの本や論文によく引用される仮説があります。それは、葉から果実に転流してきたソルビトールが何らかの原因で果実の細胞間隙に蓄積することが関与しているとの説です。ところが上記の温度実験でソルビトールの変化はみつ症状の程度と一致せず、この仮説に否定的でした。
 以上の実験は愛媛大学に来る前に行ったものですが、みつ症状の生理・生態を解明して新たな仮説を提示したい一心で引き続き研究を続けています。ご存じのように愛媛県はリンゴの産地ではありませんが、そのような経験の少ないところで栽培してみると、面白い現象が見られます。‘王林’は通常成熟期にはみつ症状を発生しない品種ですが、松山のような暖地で栽培すると夏季の未熟な果実に著しいみつ症状を発現し、秋季の成熟期になるとその症状がなくなります。これは“早期みつ症状”と呼ばれ、成熟期に見られるみつ症状とは区別されます。興味深いことに成熟期にみつ症状を発現する‘ふじ’は、逆に早期みつ症状を発生しません。成熟期のみつ症状とは異なり、この早期みつ症状は夏季の高い果実温度が誘因になっていることやソルビトールの変化と極めて密接な関連があることが、これまでの調査で明らかになっています。

研究の特色

王林みつ

王林みつ

 リンゴのみつ症状に関する研究は、13大学による大規模な共同研究での偶然の観察に端を発しています。また、樹体の大きな果樹では樹全体の温度処理が困難なため、果実温度だけを処理する特殊な手法を用いてみつ症状発現の温度条件を確立できたことは大きな成果です。この手法を利用して人為的にみつ症状の発現した果実と無発現の果実を作り出せるようになり、生理的メカニズム研究に大いに貢献しています。  また、症状は同じでも成熟期のみつ症状と早期みつ症状では発生の温度条件や生理的メカニズムが大きく異なることを明らかにしています。  さらに、これまでの温度生態研究の成果をもとに、温暖化の進行に伴ってリンゴ産地での成熟期のみつ症状の発生遅延や暖地栽培リンゴでの早期みつ症状の顕在化を指摘しています。

研究の魅力

 果樹の場合には基本的に1年に1回しか実験ができないので、失敗が許されません。そのため、実験前の準備段階から気が抜けず、実験時も集中力が求められます。しかし、苦労した結果として想定していた結果が出たり、思わぬ新しい知見が得られた時には、何ともいえない喜びです。

研究の展望

 最近は高温で誘導される早期みつ症状に重点を移し、水分生理学的側面やソルビトールの細胞内局在性などを調査することによって生理的メカニズムの解明に取り組んでいます。毎年コツコツとデータを積み上げ、少しでも解明に近づければと考えています。

この研究を志望する方へ

リンゴ袋かけ

リンゴ袋かけ

 果物が大好きな皆さん、果樹学研究室でみつ症状やおいしい果物を作る研究をいっしょにしませんか。