東アジア世界の基礎となる政治制度と漢字文化、情報処理

 block_29710_01_m中国を最初に統一した秦漢王朝は、古代文明を成立させただけではなく、東アジア世界の漢字文化と政治制度にも深い影響を与えています。私の研究は、中国出土資料と比較しながら、(1)古代史研究の基本史料である『史記』の性格を明らかにし、(2)秦漢国家と地域社会の実態を解明しようと目指しています。  (1)『史記』の研究では、司馬遷がどのようにして著述し、どこまでが史実かということは、これまでよく分かりませんでした。ところが近年中国で発見された竹簡(ちくかん)・木簡(もっかん)の資料には、司馬遷より前の時代に書かれた、いわば種本に似た資料があります。それを比べると、『史記』が歴史記録や伝説を組み合わせて編集した様子が分かります。その一部をまとめたのが『史記戦国史料の研究』(1997年)ですが、これは2008年に中国語に翻訳されました。その後は、司馬遷が利用しなかった秦漢時代の行政文書、裁判の系統にも注目し、当時は事実を並べるのが歴史ではなく、その評価にウェイトがあることを明らかにしました。  (2)秦漢時代の社会システムでは、秦帝国の里耶秦簡(りや・しんかん)という新資料に注目しています。これは湖南省の古城で発見された資料群ですが、そこには始皇帝の年代を記して、文書伝達と情報処理の様子を伝えています。この方法は、西北シルクロードの木簡にみえる漢代の文書伝達や処理にも継承されています。ここから法制史や文書行政、思想史、書誌学をこえて、古代国家と社会システムの解明ができるようになったと感じています。これは著書『中国古代国家と郡県社会』や、『中国古代国家と社会システム−長江流域出土資料の研究』(2009年)のほかに、『項羽と劉邦の時代』(2006年)という一般書で概説しています。  私の研究は、中国や香港、台湾、韓国などの国際学会で報告し、海外の学者たちと意見を交換しています。また愛媛大学の研究プロジェクト「東アジアの出土資料と情報伝達」の一部でもあり、この公開シンポジウムには、どなたでも参加することができます。

研究の特色

 block_29711_01_m歴史研究は文献が中心でしたが、出土資料による分析は、20世紀になって始まった新しい学問です。しかし出土資料を使った歴史研究は多くありますが、文字資料そのものの作成過程や、文書伝達と情報処理に注目した研究は、まだ少ない状況です。これとあわせて考古遺跡をふくめた現地調査をすると、当時の地域社会を復元して、その背景が理解できるようになります。文献と新出の資料、フィールド調査を組み合わせて、新しい視点から中国古代社会の仕組みを考えようとするのが、この研究の特色です。

研究の魅力

 block_29712_01_m紙が普及していなかった秦漢時代に、竹簡や木簡を使って、今日の文書や書籍、書信にあたる情報伝達の原理ができていたことに驚いています。秦帝国では木札の表と裏に、受信記録−本文−発信記録を記して、すでに電子メールの機能をそなえています。この中国古代の原理は、私たちが暮らしている日本のルーツと、現代の情報社会のあり方を知るうえでも、とても興味深いと思います。このような情報システムの実態が明らかになるのは、出土資料を使った研究の魅力です。

 

 

研究の展望

 21世紀に入って、出土資料の数量と内容は急激に増えてきました。その地域も、長江流域とシルクロードの方面だけでなく、中国の全体と朝鮮半島に及んでいます。これからの展望は、このような個別の資料を全体的に整理して、東アジアの基礎となる秦漢国家と社会システムのアウトラインを明らかにしたいと希望しています。

この研究を志望する方へ

 block_29713_01_m基本は漢文の解読ですが、翻訳でもかまいませんから、興味をもった中国の古典に親しんでください。歴史と地理の理解は、おおまかな概略でかまいません。それよりも新聞やニュースなどで、現代の中国や日本の社会で何が問題になっているか、その原因はどこから始まっているかという意識をもつことが大切だと思います。そうすれば歴史は、過去からつながっているだけではなく、現代を理解する学問であることがわかると思います。