アジアと米国の関係はどう構築されてきたのか

 block_19527_01_m第二次世界大戦後の冷戦期において、米国とソ連は軍事的・政治的な対立のみならず、文化・教育・ライフスタイルなどあらゆる分野において覇権を確立すべく競争しました。核兵器を実際に使用することがいかに壊滅的な結果を招くかということは、米ソ両国のリーダーたちにもわかっていました。そこで冷戦は、軍事以外のあらゆる手段を動員した「総力戦」となったのです。その中で、脱植民地化しつつあったアジア・アフリカの新興国の人々の「心」を勝ち取ることが、大きな重要性をもつようになって行きました。「文化冷戦」と呼ばれる、人々の「心やライフスタイルをめぐる戦い」が展開されたのです。
 私の研究は、「文化冷戦」の中で米国の国務省や陸軍省、そして1953年に設立された広報文化交流庁(USIA)が、アジアの人々の心をつかむためにどのような広報・宣伝戦略を展開したのかということに焦点を当てています。しかし、単なる「プロパガンダ」の研究ではありません。「文化冷戦」はトップダウン的な反共プロパガンダだけではなく、さまざまな局面で展開しました。その中には、芸術家や音楽家の国際交流、スポーツ選手の派遣、留学生のための奨学金制度など、相互交流的な要素も含まれていました。しかしその一方で、同じような政府組織・体制の下で、たとえば反米的な教育者の排除や戦争捕虜に対する反共教育など、きわめて強圧的な政策も行われました。相互理解と国際親善を目的とした交流活動と、力による弾圧とが表裏一体の関係で進行したのです。
 相互交流的な側面と強圧的な側面の両方に注目しつつ、また日本やアジアの国々が米国の政策に対してどのように対処したのかを見据えながら研究を行っています。2009年2月には国内外の共同研究者たちとともに『文化冷戦の時代―アメリカとアジア』を刊行しました。また2009年10月には『親米日本の構築―戦前期・占領期・ポスト占領期における国家イメージの流通』(仮題)が刊行される予定です。

研究の特色

 米国立公文書館などにおける一次資料(政府機関が作成した報告書、議事録、覚書、手紙など)の調査を中心としつつ、映像や聞き取り調査も使って研究を行っています。冷戦という歴史を、済んでしまった過去の物語として見るのではなく、現代世界における国際関係や学知、人々の世界観などを形作ってきたプロセスとして分析することを大切に考えています。

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写真:2009年2月刊行 貴志俊彦・土屋由香編『文化冷戦の時代―アメリカとアジア』(国際書院)の表紙。写真は、1950年代に米国広報文化交流庁(USIA)が各国語で発行していたパンフレット類。(米国立公文書館所蔵)

研究の魅力

 他大学や他国の研究者たちと共同研究することによって、自分一人ではできないことが達成できます。一人の研究者にできることは、時間的にも体力的にも限られています。しかし、共同研究を行うことによって何倍もの成果を上げることができます。たとえば私はアメリカの専門家ですが、韓国や台湾、ラオス、トルコなどの事例を研究している研究者たちと交流することによって、非常に多くのことを学ぶことができました。研究を通して様々な国の研究者たちとつながりが出来ることも大きな魅力です。

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写真:USIS(米国広報文化交流庁USIAの各国出先機関)の「ブック・モービル」(移動図書館)が、アジア各国でアメリカの本や雑誌などを無料で貸し出した。写真はビルマ、1955年。(米国立公文書館所蔵)

研究の展望

 この分野の研究はまだ緒についたばかりです。今後はアジア各国の「文化冷戦」の事例が相互にどのように関連していたのか、横のつながりについてもっと明らかにして行きたいと思っています。今年はじまった新たな3ヵ年の共同研究プロジェクトでは、ラジオ放送と映像(ニュース、ドキュメンタリー映画)という視聴覚メディアに焦点を当ててています。

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写真:1951年、朝鮮戦争の最中に韓国・釜山のUSISは、北朝鮮から没収した武器の展示会を開催した。(米国立公文書館所蔵)

この研究を志望する方へ

 この分野の研究を本格的に行うためには大学院に進学する必要がありますが、学部レベルでは最先端の研究をわかり易くかみ砕いて説明するように努力しています。国際共同研究の面白さが伝わるといいと思います。またこの分野の勉強を通して、今ある常識や世界観がなぜそうであるのか、という健全な懐疑心と批判能力を養っていただけたら嬉しいです。

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写真:日本でも米国の広報・宣伝活動は活発に展開された。1956年松山にて、米国製16ミリ映写機の使い方を学ぶ人々。映写機も上映する映画も米国政府によって提供された。(米国立公文書館所蔵)