多様体や無限離散群など‘図形’の研究

尾國先生私の専門は幾何学です。細かい分野でいうと大尺度幾何(粗幾何)です。幾何学というのは図形を調べる分野なわけですが、少し踏み込んで言うと、図形とは限らないものも、まるで図形を扱っているかのように研究するのが幾何学だと言えます。実際、図形だと認められやすい多様体のみならず、無限離散群や作用素環も私の研究対象です。円や直線は多様体の例なのですが、円と違って、直線はプラス無限大とマイナス無限大の二つの方向に無限に伸びています。

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直線と点の列

このような無限の広がりを持つ‘図形’を大きな尺度によって考察する幾何、すなわち、大尺度幾何の立場から研究しています。大尺度幾何の立場からは、「直線」と「直線上に一定の間隔で並んだ点の列」とを区別しないので、非常に粗い幾何学だといえます。この粗さのおかげで、無限離散群のようなものも無限の広がりを持つ‘図形’とみなして研究することができます(大雑把な説明ですが、このような分野を幾何学的群論と呼びます)。大尺度幾何や幾何学的群論の研究は、多様体の微分トポロジーへの応用に対する興味もあって、多くの研究者から関心を持たれています。

 

研究の特色

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双曲的な三角形

大尺度から図形を眺めるという観点は昔からあったわけですが、大尺度幾何という分野は、明確に認識されるようになってから高々数十年なので、かなり新しい分野だと言えます。そのせいもあってか、大尺度幾何の研究には分野間の垣根を越えて様々な数学が用いられています。
私の研究でも、幾何学に限らず、代数学や解析学に属する数学を多く使います。幾何に限っても、大尺度幾何は様々な分野と深く関連しています。例えば、微分幾何という分野があります。微分幾何というのは、大雑把に言って、何かしらを微分することで考えている図形の幾何を調べる分野です。大尺度幾何では、微分はあまりしないのですが、にもかかわらず「双曲性」や「非正曲率性」という微分幾何的な概念が活躍します。

研究の魅力

幾何学の研究の魅力は、なんと言っても図や絵を描いたりして、目で見て楽しめることです。しかし、大尺度幾何では描くことが困難な‘図形’も扱います。このような‘図形’を幾何学的に理解できるようになることがあるというのは、大尺度幾何の研究の魅力の一つだと思います。少しだけ具体的に書きます。大尺度幾何では、大きな尺度で‘図形’を眺めるので、トポロジーを強くは考慮していないはずなのですが、時として、トポロジーを利用すると研究が進むことがあります。感覚的な表現になりますが、「離散的なものをうまく連続的なもので近似できる」ことがあるというわけです。
さらに、無限の広がりを持つ‘図形’の「広がり方を無限遠方のトポロジーでうまくとらえる」ことで、その‘図形’の大尺度幾何的な性質が分かることもあります。このようなことを通じて、図を描くことが困難な‘図形’であっても、少しずつ幾何学的に理解ができるようになっていきます。

研究の展望

円のような無限の広がりを持たない図形であっても、これを良く理解したいと思うと、直線のような無限の広がりを持った多様体や無限離散群に関する大尺度幾何的な知見が有効になることがあります。しかしながら、無限離散群には、Gromovのモンスターなど、十分には理解されていないものがいくつもあります。このような群を含めて、まだまだ良く分かっていないことがたくさんあるので、理解を深める研究を進めたいと思っています。そして、より多くの‘図形’を取り扱えるようになることを期待しています。
この研究を志望する方へ
幾何に限りませんが、数学の研究を進めうる上で、良い例や良いモデルに馴染んでいることは非常に重要です。大尺度幾何や幾何学的群論に興味をもたれた方は、いきなりその手の専門書にとりかかるのではなく、まずは「双曲幾何」について学んでみることをお勧めします。「双曲幾何」は非ユークリッド幾何として広く知られており、いわば古典であるわけですが、最先端の研究においてもなお中心的な役割を担っています。
日本語で読める本では「深谷賢治、双曲幾何(岩波書店、2004)」「谷口雅彦・奥村善英、双曲幾何学への招待―複素数で視る(培風館、1996)」「河野俊丈、曲面の幾何構造とモジュライ(日本評論社、1997)」などが面白いと思います。実際に読むとなるとどの本も決してやさしくありませんが、幾何ですので、図や絵を見たり描いたりしながら、楽しんで勉強を進めていただければと思います。

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ゼミで学生が板書した双曲幾何のモデル