免疫システムの司令塔「ヘルパーT細胞」と「エピゲノム」

 山下先生免疫系は、体内に侵入してくる病原体などの異物や体内のがん細胞を取り除くことで、生体の恒常性を維持するためのシステムです。免疫システムには多くの細胞(免疫担当細胞)が関わっていますが、免疫システムの司令塔であるヘルパーT細胞が正常に機能することにより、免疫担当細胞が協調して働くことが可能となります。近年の免疫学のめざましい進歩により、様々な疾患にヘルパーT(Th)細胞の機能異常が関与していることが明らかとなってきました。Th細胞には幾つかの機能が異なったタイプ(Thサブセット)が存在し、免疫反応を活性化するサブセットにはTh1、Th2、Th17などがあります。また、制御性T細胞(Treg)とよばれる免疫反応を抑える役割を持つものも存在します。これらのThサブセットは、互いにバランスを取りながら健康を維持していますが、そのバランスが崩れることで様々な疾患が発症してしまいます。例えば、花粉症やぜんそくなどのアレルギー疾患の発症や病態にはTh2と呼ばれる2型のヘルパーT細胞の過剰な活性化が、関節リウマチなどの自己免疫疾患や炎症性腸疾患はTh17というタイプのヘルパーT細胞の過剰な活性化が関わっていることが分かっています。また、Tregの機能が弱くなってもアレルギーや炎症疾患が発症し、逆に強くなりすぎるとがんのリスクが高まると考えられています。
 そこで、私たちは、免疫システムの司令塔であるTh細胞の異常を是正したり、正常な状態を長く維持したりすることにより、疾患の治療や予防が可能になると考え、Th細胞分化や機能を人為的にコントロールするための研究をおこなっています。

図1-1

図1:代表的な免疫担当細胞と働き

図2-1

図2:ヘルパーT細胞分化と機能,疾患

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究の特色

図3

図3:エピゲノムと疾患

 私たちは、エピゲノムという現象に着目して免疫研究を行なっています。エピゲノムとは、同じ遺伝情報から様々な細胞を生み出すためのシステムです。私たちの身体は、多くの異なった機能を持つ細胞からできていますが、もとは1個の受精卵から全ての細胞はできてきます。つまり、私たちの身体は同じ遺伝情報(DNA)をもつが、異なった性質を有する細胞の集まりだということです。どんな細胞になるかはどの遺伝子を使うかによって決まります(遺伝子は全て同じように使われている訳ではありません)。有名なiPSは、遺伝子の使い方(エピゲノム)を人為的にリセット(初期化)することで作製されています。
 実は、これは前述した免疫システムの司令塔Th細胞においても例外ではありません。Th細胞サブセットは、それぞれ機能は違いますが遺伝子は同じです。どの遺伝子を使うのかが違っているだけです。Thサブセットは、司令塔としての機能をほとんど持たないナイーブヘルパーT細胞から、エピゲノムの原理を利用することでつくられてきます。さらに、T細胞におけるエピゲノム異常が、ある種の自己免疫疾患やアレルギーの発症と関連していることが報告されています。また、環境汚染物質がエピゲノム変化を誘導することも分かっています。そこで、私たちは、このTh細胞のエピゲノム状態を人為的に調節することでその機能を制御し、疾患(アレルギー、自己免疫疾患、がん)の発症を予防したり、治療したりする方法論の確立を目指して研究を行っています。
 また、エピゲノム変化と疾患の関連を研究する疾患エピゲノム研究により、生活習慣病やある種の精神疾患、老化などとエピゲノム変化が密接に関連していることが示されており、免疫学分野だけでなく他の生命科学研究分野とも連携した研究ができることが特色です。

研究の魅力

 免疫システムは、人が健康に生活するために必要であるとともに、ほぼ全ての疾患の病態形成に関与しているといっても過言ではありません。そのため、基礎免疫学の研究成果は多くの疾患治療に応用されています。研究成果を社会に還元しやすいことは、免疫研究の魅力です。
 また、免疫学は、“自己と非自己の識別”を明らかにすることを目的として発展してきた学問です。一方、エピジェネティクス(エピゲノムを扱う研究)は、同一のDNAからどのようにして多彩な機能を持つ細胞がつくられるのかを明らかにする学問です。一見、2つの学問はかけ離れているように思えますが、“自分とは何か(アイデンティティ)”を探すという観点から見ると似通っており、自己とは何かを考える機会が得られることも魅力の1つです。

この研究を志望する方へ

教室員写真 免疫学は、他の医学研究分野に比べ新しい分野であり、日々進歩を積み重ねています。さらに免疫学分野では、医学部だけでなく薬学部、農学部、理学部、工学部など多くのバックグラウンドを持った研究者が研究をおこなっています。免疫のキーワードに“多様性”があります。多様なバックグラウンドを持った人々の参加と、個々の特徴を生かしたオリジナリティある免疫研究を進めてくれることを期待しています。