研究の概要

食料自給率は、国内で消費された食料のうち国産の占める割合のことを指します。令和4年度の日本の食料自給率は38%(カロリーベース)。日本の食料自給率は主要先進国の中で最低水準であり、食料の6割以上を海外からの輸入に頼っています。世界的な異常気象や国際情勢によって輸入が制限されれば、食料不足に陥ります。それにもかかわらず、食料自給率は一向に上がりません。農業生産量の減少は、高齢化や後継者不足による生産者の減少が一因とされています。なぜ後継者が確保されずに農業生産者が減り続けているのでしょうか。それは農業の収入が低いからです。営農類型別に年間所得をみると、すべての経営で勤労者世帯の収入を下回っています(表1)。中でも水田作経営の所得はわずか1万円、酪農や肉牛経営にいたっては赤字です。さらに農業部門の時給は他産業勤務者の時給の1/3以下で、最低賃金よりも低くなっています。これでは農家の後継ぎや、新規に農業参入を考えている人がいても、就農をためらってしまうかもしれません。

日本では農家の所得を下支えする政策として、「水田活用の直接支払交付金」「畑作物の直接支払交付金」「米・畑作物の収入減少影響緩和交付金」「野菜価格安定制度」「肉用牛肥育経営安定交付金」「肉豚経営安定交付金」「収入保険」などがあります。こうした政策があるにもかかわらず、補助金込みの農業所得は表1にみたとおりです。農業後継者を確保するには農家の所得を上げる必要があり、それには農家の所得を下支えする農業政策の拡充が求められるのです。欧米各国の食料自給率が高いのは、多額の財政負担をかけて農家を支えているからです。先行研究によれば、欧米各国は農家所得の6~9割を補助金が占めていますが、日本の場合は2割に届いていません。生産者の経営安定につながる農業政策を探求するのが本研究です。

研究の特色

作物・家畜別の農業収入は、農畜産物を生産・販売することで得られる粗収益と各種補助金で構成されています。一方で農畜産物を生産するにはコストがかかります。コストの把握方法はいくつかありますが、そのひとつが経営費(種苗、肥料・農薬、燃料、建物・農機具の償却費などの「物財費」に、「雇用労賃」と「小作地地代」「借入資本利子」を加えたもの)です。粗収益(販売額)から経営費を差し引いたものが所得となります。図1は水田作経営が栽培している米と主要な転作作物の収益をみたものです。米以外の作物の所得はマイナスになっています(粗収益<経営費)。直接支払いという政府からの補助金があってようやく収支がプラスになるのです。ただし、その補助金水準で生産者の経営や作物生産の安定性が確保されるかは別問題です。農業政策研究では農家にヒアリング調査を行い、農畜産物の販売額や補助金額、コストをはじめとする経営分析を行い、農家収入に占める補助金の位置を明らかにし、生産者が経営・経済的に持続可能となるための政策を考えていくことになります。

研究の魅力

研究データは国などが公表している統計資料も活用しますが、多くはフィールドワークによって収集します。全国各地の農村を訪問し、農家や関係機関へのヒアリング調査を行っています。集落のすべての農家を訪問する悉皆(しっかい)調査を行うこともあります。また、農家にとって魅力的な農業政策の立案につなげるため、アメリカやEUの農業政策を参考にすることもあるので、外国に出向いて関係機関や農場のヒアリング調査を行うこともあります。生産者等と直接向き合い、生の声を聴くことで生産現場に寄り添った農業政策の立案につなげる提言をおこなっています。こうした研究の積み重ねの結果、食料自給率の向上が実現できる農業政策へと修正されることを願っています。国の政策を動かすことにつながる可能性を秘めているのが研究の魅力です。

今後の展望

日本は農産物・食料輸入を増大させ、農業生産を縮小させてきました。しかし、世界で8億人以上も飢餓状態の人がいるとされる中で、国内生産量を増やさずに、多くの食料を海外から調達しつづけることはSDGsの目標に反することにならないでしょうか。また、日本がパリ協定に基づいて温室効果ガスの削減を図っていくというのであれば、フードマイレージの大きい日本において、食料の海外依存が今のままでいいはずがありません。38%にまで下がった食料自給率を向上させるための国内農業支援策を強化し、海外からの食料輸送によって生じる二酸化炭素の排出量を削減していくことは国際貢献につながると考えています。

この研究を志望する方へ

私の研究室は農学部食料生産経営学コースの農業政策教育分野に属します。農学部は理系分野がほとんどですが、食料生産経営学コースだけ異なっており、共通科目として農学一般も学びますが、専門科目では農業に関する経済学や経営学、流通学(マーケティング)といった文系分野を学びます。また政策は法律により制定されることも多く、法学の視点が必要になることもあります。経済学部や商学部、法学部を志望している学生さんも、農学部で学ぶという選択肢を検討してみてはいかがでしょうか。