日本皮膚科学会AI委員会主導で行っている日本最大級の皮膚病データベース構築とそれを利用した皮膚病を分類するAIの開発について
※掲載内容は執筆当時のものです。
皮膚病を分類するAIの開発についての取組
研究の概要
皮膚疾患は医療現場で非常に頻繁に対応が求められる疾患群の一つです。特に高齢化が進む日本においては、慢性皮膚疾患や腫瘍性疾患が増加しており、適切な診断と早期治療が患者の予後に直接的な影響を及ぼします。しかしながら、皮膚科専門医の数は限られており、地域間での医療格差が診療の質のばらつきに繋がるという課題が存在します。この問題を解決するために、日本皮膚科学会が中心となり、皮膚疾患画像ナショナルデータベース(NSDD)プロジェクトが発足しました。NSDDは膨大な皮膚疾患画像を集積し、AI技術を活用することで、医療の均霑(きんてん)化と効率化を目指す先駆的な取組です。
本稿では、NSDDの構築過程とその成果、さらにBRIDGE事業(研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム)との連携による最新のAI技術開発について紹介します。
研究の特色
NSDDプロジェクトは、AMEDからの資金援助を受けた日本皮膚科学会AI委員会が主導して、全国15の大学病院を中心に皮膚疾患画像を集積することから始まりました。現在までに皮膚病画像や病理スライドデータなど50万枚以上のデータが集積されています。この大規模なデータベースは日本国内では最大規模であり、世界的にも貴重な医療資源になります。NSDDの最大の特徴は、データの匿名化と標準化にあります。個人情報(当時の個人情報保護法に配慮し、顔、明らかにわかる指紋、掌紋、刺青などの個人が特定可能な部位)が除外されると同時に、ICD-10およびICD-11の病名表記に準拠することで、国際的な医療データ基準を満たす構造が整えられました。この統一性により、データの活用範囲は国内外に広がり、AI技術開発においても極めて高い信頼性が担保されています。
これらのデータはこれまでに皮膚腫瘍診断AIや薬疹診断AIなど、さまざまな診断補助システムの開発に活用されました。私が開発した皮膚腫瘍診断AIについては皮膚がんの検知精度が90%を超えています。また,東北大学が開発した病理画像AIは、病理診断の精度を大幅に向上させる可能性を示しており、2018年に特許申請されています。このような成果は、日本皮膚科学会の主導のもとで各大学と協力のもと進められ、データの提供やさらなるデータの整理を”All Japan”で取り組み、将来的な皮膚科診療の質的向上に寄与することを目的としています。
研究の魅力
深層学習に基づく皮膚腫瘍分類器の開発に関する研究は、従来の診断技術を超える可能性を示すものであり、特に皮膚がんのスクリーニング分野において有望です。私が筑波大学に在籍中に開始した研究では、皮膚腫瘍の臨床画像を用い、深層畳み込みニューラルネットワーク(DCNN)を訓練しました。わずか4,867枚の画像を使用したこの分類器は、皮膚腫瘍を14種類の診断に分類し、熟練した皮膚科専門医よりも高い精度を達成しました。このシステムの特筆すべき成果は、限られたデータセットでも十分な性能を発揮する点にあります。過去の報告では、AIを用いた診断においては大規模なデータセットが不可欠とされてきましたが、この研究では5,000枚未満の画像でのトレーニングで、皮膚腫瘍診断の精度を92.4%に到達させました。さらに、従来の機械学習では特徴量の抽出や設計が必要であったのに対し、DCNNは自動的に特徴を学習する能力を備えています。この効率性が、特にまれな皮膚疾患を含むより包括的な分類システムの開発を可能にしました。
この研究では、13名の皮膚科専門医および9名の研修医の協力のもと分類精度の評価を行いました。結果として、皮膚科専門医が達成した精度(85.3%)を上回り、DCNNの精度は一貫して高い結果を示しました(図1)。これらの技術開発は、単純にAIが人間の診断能力を超えたということだけでなく、診断におけるバイアスの軽減や標準化された結果の提供につながるものといえます。この内容はTVでも紹介されました。また、動画を用いたシステムも検討していて、皆さんのスマホでも十分動作することを確認しています(図2)。このように、AIの医療応用に向けた大きなプロジェクトに携わることが出来るのがこの研究の魅力だと思います。
今後の展望
現在、私はSIP事業(戦略的イノベーション創造プログラム)とBRIDGE事業という2つのプロジェクトに参加しています。SIP事業では、医療情報部の木村先生とともに医療情報の匿名加工や大規模マルチモーダルの開発に挑戦しています。そしてBRIDGE事業では東北大学の志藤先生とともにAI活用の産学協同プロジェクトを進めています。とくにBRIDGE事業では、AI診断補助技術を社会実装することで医療現場の効率化と患者の利便性向上を実現することを目標に開発を進めています。最終的には患者がスマートフォンを用いて日常的に皮膚状態を記録し、AIが治療方針を提案する仕組みは、慢性疾患管理の効率を大幅に向上させる可能性があります。このようなアプローチは、患者の自己管理能力を高めるだけでなく、医療従事者の負担軽減にもつながるため、国としてもこのような医療AIの開発を後押しするような法整備を進めているようです。
今後は、データの多様性を拡充し、国際的な視点でAI技術を進化させる必要があります。また、診断支援システムにおける透明性と説明可能性の向上も重要な課題です。これらの取組が進むことで、AIが医療において不可欠な役割を果たす時代が到来した時に日本の技術が中心となれるように取り組む必要があります。これからも研究と実装の連携を強化し、医療現場におけるAIの実用性をさらに高めていくことを目指します。
この研究を志望する方へのメッセージ
本稿で紹介したNSDDプロジェクトや関連研究は、深層学習技術を用いた医療診断の未来を切り開く先駆的な取組です。特に、深層学習による診断支援技術は、医療格差の解消や効率的な診断体制の構築に寄与し、医療現場における標準化と精度向上が可能となるかも知れません。AIが発達すれば医者は不要になるのでは、という声もよく耳にしますが、私は絶対に起きないと思っています。というのも、結果責任を負うのはAIでは無く医者だからです。あくまでよりよい医療を継続して提供出来る、そのためのツールとして医療AIが重要となるでしょう。