小規模アースダムを対象とした総合診断システムの開発

研究の概要

 古くから築造され、農業の発展に貢献してきたため池は、今でも日本全国に約21万個あり、そのうちの約70%が築造から100年以上経過した、いわゆる「老朽ため池」となっています。愛媛県にも3、200以上のため池があり、もちろん、全てが”健康”な状態にあるわけではありません。また近年は、ため池周辺にあった水田や畑が宅地等に変わり、ケアが行き届かないものも多くなってきています。さらに、近年異常気象が毎年のように続き、もはや異常とも言えないような豪雨が発生したり、マグニチュード8以上の南海トラフ地震が30年以内に70%、50年以内に90%以上の確率で発生するといわれています。この状況は、”年老いたため池”には非常に厳しいものです。
 私が所属する研究室は、このようなため池を農業にちゃんと役立つ状態で”延命”させるため、不健全な個所を早期発見するための研究をしています。

研究の特色

 ため池は利水施設であり、「漏水」は最も緊急に治療を講じなければならない機能障害であり、「漏水」は耐震性を含めた他の機能にも影響を及ぼす「万病の元」です。しかし、ため池の漏水は、ミズ道が存在するものや遮水性が減少し堤体全体からの浸透量が増加するもの、また、堤体からだけでなく、地山や基礎からの場合もあります。そのため、診断方法はあっても、その手法が適用できるかどうか、どこを診断すればよいのか、といった問題が常に存在します。また、様々な原因が絡み合って発生した症状であったり、原因が特定できない場合もあり、単一の診断手法では解明できず、場合によっては複数の診断方法を組合せる必要があります。
そこで、研究の第1ステップとして、物を壊さずにその内部の状況を調べることができる2つの非破壊探査に注目しました。「比抵抗電気探査法」は地盤の比抵抗分布を求める探査法で、地質構造や地下水分布の探査に用いられます。「表面波探査法」は、表面波が振動数毎に伝わる深度が決まっていること、地盤の硬軟で伝播する速度が違うことを利用し、ため池堤体の地盤の固さの分布を知ることができます。

  第2ステップとして、この2つの診断結果の相互補完を考えました。単独の診断結果の解釈には限界があるため、ため池堤体で得られた各々のデータをディープラーニングに適用することで総合的評価、現在は地質分類を試みています。
第3のステップは、耐震診断です。東日本大震災以降、大規模地震に備えた耐震照査と耐震対策の整備が急務となっています。簡易な耐震診断手法として、常時微動計測を採用します。常時微動計測とは、日常的に発生している微弱な振動のことで、信号処理技術を用いることでため池堤体の振動特性がわかり、耐震設計に活かすことができます。

図1 SOMによる総合評価

研究の魅力

 前述したようにため池は古い時代に築造されたものが多く、ほとんどの池で設計図も残っていません。そのため、どのように造られていたのか、どのような材料が使われていたのか、ほとんどわかりません。そのため池の中身を非破壊探査で丸裸にしてやろうという研究です。築造当時の人々や周辺の状況がわかる場合もあり、歴史を感じることもできます。また、調査結果がため池の漏水や耐震対策に反映されることもあり、直接的な社会貢献にもなります。

今後の展望

 医療の分野では、各診療科を横断する総合診療医GPの制度が普及し、プライマリ・ケアを実施しています。総合診療は、「どの科を受診していいかわからない」、「様々な病気が絡み合っている」、「症状があるのに異常が見つからない」といった事例に対し、専門各科と連携しながら幅広く医療を提供するものであり、近年の高齢化社会の進行によってその存在意義が大きくなっています。私たちの研究室は、この総合診療の考え方に習い、機能障害の症状から原因を解明し、どの診断方法を適用するか、どの診断方法を組合せるか等を判断するため池の総合診療医の育成、すなわち、人工知能AIを利用したため池の総合診療システムを開発することを最終の目的とし、地域の安全に貢献したいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

 2050年には世界の人口が100億を超え、食料の持続的な生産が重要な課題となります。ここで紹介した研究はその課題解決のために重要な役割を担う農業インフラ整備のためのもので、研究のアプローチはフィールドワーク、室内実験、数値解析など、多岐にわたります。得意分野だけでなく、様々なことに興味をもって勉強に励んでください。