よりよい河川環境につながるように

 井上先生森林と川魚との間にはどのような関係があるのか?魚類の種多様性はどのような場所で高くなるのか?といったように、川の生物とそれをとりまく環境が私の研究対象です。
皆さんが思い浮かべる「川」とは、十人十色、人によって様々なことでしょう。しかし、多くの人が抱く川のイメージには共通する部分もあると思われます。例えば、上流のイメージは大きな岩の間を冷たい水がキラキラと流れる渓谷であったり、中流の川には広い河原があったり、さらに河口付近になると濁った水がゆったりと流れている、とか。川の構造には、どの川にも共通するパターンがあるのです。そして、川の生物の種数やメンバー構成、個体数といった生物群集の特性に関しても、川の環境構造に対応したパターンが見られます。それには、水の流れや川底の土砂堆積物の状態といった物理的要因のみならず、食う-食われる関係および競争といった生物間相互作用等、様々な要因が関与しています。
私が興味をもったのは、そのような川の環境と生物群集に見られるパターンでした。パターンを抽出し、その背後にある仕組みを考えることが私の研究の大枠をなしています。そして、どの研究も、良好な水辺環境や河川生態系の保全・管理につながることを念頭においています。

研究の特色

川へ行って魚の個体数を数えたり、魚の行動を観察したり、流速や水深を測ったりといったような現地野外調査に全面的に依存した研究手法をとっています。
現在の日本においては、手つかずの原生的な自然は極めて限られています。特に河川は、人間の生活に不可欠な水の供給源であると同時に、生活を脅かす災害の元凶ともなるため、古くより人間の手が加えられ続けてきました。よって、野外調査から見えてくる河川環境と生物群集との関係には、必然的に、多かれ少なかれ人為的影響が含まれるのです。それらは時に、良好な河川生態系や水辺環境の保全という点からは好ましくないと思われるものもあります。しかし、人為的影響を完全に排除することは不可能です。また、どういう状態が良好な環境なのか?という問いに明確な答えを出すことも、実はとても難しいのです。私たちは、常に、自然とのよりよいつきあい方を模索し続けなければなりません。そのための素材を提供することが私の責務の一つだと考えています。

研究の魅力

例えば、河川生態系に対する人為的影響を考えてみます。森林伐採やダムの影響、さらにブラックバスに代表されるような外来種の影響は想像しやすいでしょう。これらは、一般的には、生物群集に対して負の影響を及ぼすと考えられています。具体的に言えば、川周辺で森林伐採すると魚は減る、ダムができると魚の個体数や多様性が低下する、また、ブラックバスも同様に生物多様性を損なう、というように。しかし、実際にデータを採って比較してみると、全く逆の結果となることもあります(図)。

図

では、森林伐採やダム、ブラックバスが魚類に対して負のインパクトを与えるという一般認識は単なる盲信なのでしょうか?それとも、実在するインパクトが何らかの理由によって見えなくなっているのでしょうか?
様々な要因を計測し、それらを解析していくことで、パターンの背後に潜む要因間の関係を解きほぐしていくことができます。「あれっ?」と予想に反するパターンに出会うことは素朴な驚きを与えてくれます。そして「何故そうなのか?」と解きほぐしていく過程は楽しく、さらに「単なる盲信なのか?」という問いかけに自分なりの答えが出せた時には「わかった!」という喜びを感じます。そうやって、「私の自然観」が醸成されていくことを実感することができます。

研究の展望

15年ほど前に、河川管理の基本姿勢は防災・利水一辺倒から自然環境の保全・再生に向けて大きく転舵しました。農地管理、森林管理においても同様な傾向にあり、さらに、生物多様性保全への取り組みが国および自治体レベルで模索されはじめています。この20年間で、人間活動が生物群集に及ぼす影響を科学的に評価するといったスタイルの研究は激増しました。環境保全・再生の重要性に対する認識は、社会にかなり浸透したと言えます。今後は、「では、何をどのように保全・再生をすべきか?」という問いかけに貢献できるような研究が必要だと思います。

この研究を志望する方へ

野外研究の分野では、現場をよく見ることが何よりも大事です。様々な角度から見る、繰り返し見る、そして考える。研究においては、見て感じた川の景色もそこに住む魚たちも全てデータ(数字)に置き換えられて処理されます。一見無味乾燥な膨大な量の数字から、生き生きとした何かを見つけ、それを描き出す力は現場経験で養われるものと思います。当研究室の学生の皆さんには、自信の持てる「私の自然観」を培ってもらいたいと思っています。