遺伝子組換えと天然遺伝子資源の活用

 先生苦労を知らない人のことを「温室育ち」と言ったりしますが、本物の温室は作物にとって決して気楽な環境ではありません。ましてや通常の田んぼや畑では、作物は様々なストレスにさらされながら生育しています。そのストレスに負けずに生育を続けたものがやがて食料という形で私たちに恩恵をもたらしてくれます。
 作物が受けるストレスには高温や低温、光や栄養素の過不足および環境汚染物質などの非生物なストレスに加え、病害や虫害などの生物的ストレスがあります。特に生物的ストレスによる作物の減収は、特別な対策を講じなければ平均で40%にも上り、作物種によっては全く収穫できなくなります。それゆえ、病虫害に強い作物品種を開発することは多くの農学者の目標であり続けています。私たちは病害の中でも特に厄介なウイルス病について、植物自身がこれに負けない性質(耐病性)を持つように合理的にデザインするための研究に取り組んでいます。

研究の特色

 ウイルス耐病性植物をデザインするための基礎となる知識を集積する目的で、1)植物が本来持っている、ウイルスが植物体内に広がるのを抑制するメカニズムの解明、2)ウイルス感染によって植物が病気になるプロセスの理解、および3)遺伝子組換えによるストレス耐性の導入に取り組んでいます。

1)天然の耐病性遺伝子に関する研究
 植物と植物に病害を引き起こす微生物(病原体)は長い進化の歴史の中で、病原体からの攻撃によって植物が病気になるか、植物が病原体を制圧するかという生死をかけた「武器獲得競争」を繰り広げてきました。その過程である種の植物は特定の病原体と戦うための遺伝子、「抵抗性遺伝子」を進化させてきました。もっとも典型的な抵抗性遺伝子を持つ植物では、病原体からの攻撃に反応して攻撃を受けた部位で急速に細胞が自殺することによって病原体を封じ込め、病原体が全身に広がるのを防いでいます。この時、抵抗性遺伝子から作られるタンパク質は病原体からの攻撃を感知する病原体センサーとして働いています。私たちは異なるウイルスを感知する病原体センサーの比較解析を通して、植物がウイルスの攻撃を感知するメカニズムについて研究を行っています。また、病原体センサーからの情報がどのように伝えられて細胞の自殺がおこるのかという問題についても取り組んでいます。

 

 2)ウイルス病発症機構の解析
 特定のウイルスと植物の組み合わせでは、ウイルスが植物体内でどんどん増えていても発病しないことが知られており、上述の抵抗性とは異なるタイプの耐病性、「トレランス」として知られています。私たちは同じウイルスによって発病する植物とトレランスを示す近縁の植物において比較解析を行い、発病のメカニズムを明らかにしたいと考えています。一方、遺伝子組み換え技術を用いて特定のウイルスの遺伝子を植物で働かせると、ウイルスが全身で増殖した時と同様な症状を示す場合があります。このような発病過程を単純化して研究できる材料を用いれば、発病のメカニズムをより詳しく理解することができ、さらには、さまざまなウイルスと植物の組み合わせでトレランスを起こさせることができるだろうと期待し、研究を行っています。

3)遺伝子組換えによるストレス耐性の導入
 わが国では遺伝子組換え作物は敬遠されることが多い現状ですが、遺伝子組換え技術を用いることによって植物にさまざまな有用な性質を与えることができることは明らかです。私たちはこの有用技術を利用して病気などのストレスに強い植物を開発したいと考えています。これまでの研究には病原体の遺伝子を用いた例が多いのが現状です。しかし、私たちは、上述の抵抗性遺伝子を天然のものより強く働かせる、あるいは発病のメカニズムを抑制するなど、天然遺伝子資源の働きや発病のメカニズムに関する研究成果に基づいて、合理的にデザインされた遺伝子組換え植物を開発したいと思っています。

研究の魅力

 作物として栽培されている植物は数万以上の遺伝子を持っており、少数の遺伝子を組換え技術で導入したところで劇的に異なる生物に変化するわけではありません。しかし、ストレス耐性にかかわる遺伝子組換え植物では、ストレスに関する性質の違いをはっきり観察できる場合が多く、生命のプログラムの一部を自分の手で書き換えたことを実感できる点が最大の魅力だと思います。

研究の展望 

 今後は生物的ストレスだけでなく、非生物的ストレスに対する耐性も併せて導入する方法を模索したいと考えています。また、わが国では敬遠されがちな遺伝子組換え作物が広く社会に受け入れられるために必要な新技術の開発にも取り組んでいきたいと思います。

この研究を志望する方へ

 遺伝子組換え技術は今後も人類の幸福に大いに役立つものと私は信じています。この考えを共有し、私たちと一緒に努力してくれる方の参画を期待しています。