アンドロゲンと骨格筋

研究の概要

 皆さんは、タイトルにある「アンドロゲン」という言葉には馴染みがなくとも、「男性ホルモン」なら聞いたことがあるかもしれません。あるいは、スポーツや筋トレをしている方なら、「アナボリックステロイド」という仰々しい名前を聞いたことがあるかもしれません。実は、これらの言葉は、ほぼ同じ物質を指して使われています。私は、このアンドロゲンと、身体を動かす筋肉(骨格筋)との関係を探る研究を進めています。
 アナボリックステロイドが筋肉増強剤としてドーピング目的で使われているように、アンドロゲンは筋肉の肥大を促す作用を持っています。実際にヒトに投与されているこのアンドロゲンですが、実は、身体の中でどうやって作用しているのかという具体的なメカニズムについては、まだまだ不明な点が多々あります。そこで、アンドロゲンと、そのシグナルを受け取るアンドロゲン受容体に着目して、骨格筋の肥大に関する実験をしています。

研究の特色

 実験では主にマウスを使っています(写真1)。近年の遺伝子改変技術の進歩のおかげで、マウスの身体の特定の細胞で、特定の時期に、特定の遺伝子を操作するということが容易になっています。ですので、そのような技術を駆使して、骨格筋の細胞で、アンドロゲン受容体を欠損させたマウスを作成し、どういった現象が起こるかを探っています(写真2)。さらに、遺伝子情報を網羅的に探索できる技術(バイオインフォマティクス)を使って、アンドロゲンが、アンドロゲン受容体を通り、どのようなメカニズムで骨格筋の肥大を調整しているのかを研究しています(写真3)。


(写真1)アンドロゲン受容体が、骨格筋に発現している様子。青色が骨格筋の核、緑色がアンドロゲン受容体を示す

(写真2)正常なマウスの骨格筋におけるアンドロゲン受容体(黄色)の発現(左)と、遺伝子改変マウスにおける発現(右)。黄色で示すアンドロゲン受容体がほとんどなくなっていることがわかる

(写真3)実際に、オフィスのiMacで網羅的探索を行っている様子。この技術はバイオインフォマティクスと呼ばれ、生命科学のあらゆる分野で必須となっている

研究の魅力

 骨格筋とその肥大という、非常に身近な現象から研究を始められるのが、私の研究の一つの魅力でしょう。全く未知の遠い世界の話ではなく、普段の生活と地続きに、素朴な疑問がそのまま研究テーマになり得る、そんな研究分野だと感じています。
 私の研究に限らず、研究は、必ず世界最先端でかつ新規性がなければなりません。よく、「世界に先駆けて発見しました」等の報道発表がされることがありますが、世界に先駆けて発見、発表するのが、研究としての最低条件なのです。ですので、研究の魅力は、まさにこの点に尽きます。実験室で、ある実験をして、ある結果を得たときに、その結果は人類史上誰も知り得なかったこと、今この世界でたった一人自分だけが知り得た結果であるということが、研究の世界では起こり得るのです。このような体験ができるのは、研究以外にはなかなか無いかもしれません。

今後の展望

 これまでの私が行ってきた研究は、ほぼマウスの実験に限られています。今後は、ヒトではどうなっているのか、マウスと同様なのか、それともヒトにはヒト特有のメカニズムがあるのか、という点を探っていきたいと考えています。また、男性ホルモンは老化に伴って減少していくことが知られていますので、老化とアンドロゲンの関係も視野に入れて研究を進める予定です。

この研究を志望する方へのメッセージ

 任天堂の元社長である故・岩田聡氏も、生前のインタビュー等で語っていましたが、仕事をするのであれば、好きなことではなく、得意なことをすべきだと思います。それではどうやって得意なことを見つければ良いのか、という質問には「自分が大した努力ではないと思っているのに、周囲の人がありがたがってくれたり、喜んでくれたりすることが、自分の得意なことだ」と語っています。もし、研究に興味を持って、なおかつ、コツコツと自分のことを進めるのが得意だなと感じられたら、ぜひ、一緒に研究しましょう。