医療検査・診断用ペーパーデバイスの開発

研究の概要

 日本をはじめとする先進国においては高齢化が進んでおり、健康維持のためには適切な疾病治療法の提供に加えて、予防医療による健康維持の増進や疾患の早期診断が重要です。このため、日常生活の中で健康状態をチェックできる簡易検査キットが求められています。また、東南アジア、アフリカ等の新興国や被災地等においても病気の診断・早期発見が必要であることから、持ち運びが簡便で衛生的に使用でき、電力等の外部エネルギーを必要としない、低コストの診断器具が求められています。

 紙産業イノベーションセンターでは、精密機器や電気を使用せずに、必要な時に、必要な場所で、いつでも、どこでも検査や診断ができる簡易検査キットの開発を行っています。そして、検査項目に応じて検査時間の調整が可能で、安全で安価な簡易検査キット(紙製バイオチップ)の開発に成功しています。

研究の特色

 従来から用いられている簡易検査キットは、基材にガラスやプラスチックを用いるバイオチップの場合には、検査液を流し込むためのポンプが必要でした。また、インフルエンザ等の検査に用いられるイムノクロマト法の場合には、複数のパーツの組み合わせで製品ができており、組み立て工程が複雑なため、高コストとなっていました。そこで、これらの課題を解決する方法として、我々は毛細管現象で液体を吸水する紙素材を用いて、印刷技術を活用することにより、検査液が流れる流路を意図した形状で大量生産できる技術を開発しました。具体的には、耐水性の紙基材にパルプ繊維等の親水性材料を印刷技術で付与します(図1)。

 

 印刷技術を活用すると、①意図した形状の流路を大量生産することができますし、②インキの組成を変更することにより流路内部の構造を変えることができます。すなわち、流路の内部構造を変化させることにより、検査液の流速や流量をコントロールすることができます。
 この基材を用いて、検査液を所定の流速で流しながら、試薬の呈色反応により健康チェックを行います。

 図2はY字状に印刷した流路を検査液が流れる様子を観察した写真です。過剰に検査液を付与しても流路を溢れることなく、先端まで流すことができます。また、液体は毛細管現象により流路を浸透しますので、流路を構成する繊維の親水性や繊維間空隙等が検査液の浸透性に影響します。そこで、流路の空隙構造等を制御するために、流路に用いる材料やインクの配合条件を調整して印刷を行いました。作製した流路断面の電子顕微鏡観察結果から、繊維の種類や配合量の違いにより、流路の構造に明らかな違いが確認され、流路内部に繊維間空隙を多く形成することができました(図3)。そして、流路の液体吸水性を評価した結果、インキに用いる材料の種類によって浸透性を制御することができました。さらに、現行の簡易検査法では夾雑物等を除去するために前処理を行いますが、紙にはフィルター機能を付与することができますので、検査液を流す流路の中にろ過機能を盛り込むことによって、前処理と検体検査を同時に行うことも可能になりました。

研究の魅力

 簡易検査キットの開発は、医療機器メーカー等からのご要望にお応えする形でスタートしました。検査液の浸透を制御する紙基材を開発するためには、多くの課題がありましたが、新しいアイデアをいくつも提案することにより、課題を一つずつ解決しました。その結果を報告する度に、依頼された方が「驚き」とともに「満足」してくださることに「喜び」を感じました。そして、最終製品を頭に思い浮かべながら、実用化にワクワクしながら研究を進めています。また、本研究のように、従来の技術では困難と考えられていた事象に対して、小さな技術を一つ一つ積み重ねていくことにより、「不可能」を「可能」にすることも研究の魅力だと思います。

今後の展望

 我々が開発した簡易検査キットは、愛媛大学独自の技術として日本及びアメリカに特許出願しており、既に複数の特許が登録されています。そして、社会連携推進機構(四国TLO)と連携を取り、地元企業に本技術を提供しながら実製造に向けた共同研究を進めています。この新しい技術及び製品を愛媛から全国に、そして、世界に発信することによって、いつでも、どこでも、安心して健康チェックができる簡易検査キットを提供できるようにしていきたいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

 本研究では、「繊維を印刷する」という、一見、困難と思われる手法を用いて、紙製の簡易検査キットを開発しました。従来の方法では困難と思われていた技術でも、科学の原理を理解した上で、オリジナルの工夫を加えながらチャレンジしてみることが重要だと思います。科学の力を活用して、社会を変えるイノベーションを我々と一緒にトライしましょう!