アーカイブ

最先端研究紹介 infinity

Print Facebook Twitter
2021.09.15
森に棲む生物間の”隠れた繋がり”にせまる
大学院理工学研究科環境機能科学専攻 / 助教 今田 弓女 / 専門:進化生態学

※記載内容は掲載当時のものです。

コケをまねる昆虫はなぜ進化したか

研究の概要

植物を食べる昆虫の、天敵から身を守る適応

 多くの生物は、色や形によって周囲の環境に溶け込むような姿形をもっています。これは「隠蔽擬態」とよばれる現象です。こうした姿は、視覚に頼って狩りをする動物から気づかれにくく、生き残りやすくなるために進化するといわれています。生物の擬態は非常に魅力的な適応進化の産物として、長い研究の歴史があります。ほとんどの研究は、体色や模様に注目しています。枯葉に擬態するコノハチョウもその例です。

 一方、擬態には物理的な構造物(突起など)も関わると考えられますが、そうした構造物の役割に焦点を当てた研究は過去にほとんど例がありません。

 今回の研究で扱ったのは、シリブトガガンボ亜科の昆虫です。このグループの幼虫の多くは植物に巧妙に擬態しています。とくにコケの上にすむ幼虫は、植物に紛れ込みやすい体色だけでなく、”肉質突起”という柔らかいツノのような構造物をもっています。

【図1】(上)野外でコケのなかに溶けこんでいるミカドシリブトガガンボの幼虫(白矢印)。(下)ヒメシリブトガガンボの幼虫(頭部は向かって左)。擬態を構成しているのは、体色(体液に由来する)、模様(体表の色素)、胸部から腹部にかけて体表を覆う多数の突起の3つである。

 私はシリブトガガンボ類の生態や進化について調べました。これほど巧妙に擬態する生物について、生息環境や食性といった基本的な生態を解明するのは難しく、10年近くかけて調査しました。

 幼虫を野外で探索し、日本各地と北米大陸に分布する5属11種の幼虫を発見し、その生活史を解明しました。さらに、それらの幼虫の行動や形態を調べ、(1)幼虫の形態は生息環境などといかに関連しているか、(2)肉質突起はどんな役割を果たしているかを解明しました。

 

昆虫による植物への擬態は、周囲の環境や他生物との関係のなかで進化する

 すべての種の幼虫は植物(コケまたは被子植物)を食べており、種によって陸上から水中に至るさまざまな環境に住んでいました。食性が異なる種の間では、体色、模様、肉質突起といった形態と、外部からの刺激に対する防衛行動などが大きく異なるということが分かりました。

【図2】幼虫の背面突起の形態は、生息環境の異なる種間で大きく異なる。被子植物を食べる種(A)に比べ、陸生でコケを食べる種(B–D)の背面突起はより複雑である。水生種(E)では細長く発達する。(A)シリブトガガンボ; (B)ホソシリブトガガンボ; (C)ミカドシリブトガガンボ; (D)クワナシリブトガガンボ; (E)Phalacrocera replicata

 このことから、一連の形態・行動は、天敵を含めた環境に対する適応であると考えられます。なかでも陸上で生活してコケを食べる種は、複雑に発達した肉質突起と模様のパターンをもっていました。周囲のコケの陰影や輪郭をまねることで、視覚の優れた天敵の目をごまかしているようです。

 この研究は「生物の色や形が環境と他生物(餌生物や天敵)との関係のなかでいかに方向づけられているか」という重要な問いに示唆を与えています。

 

昆虫の幼虫のもつ”柔らかいツノ”の機能

 「幼虫はなぜ肉質突起をもつか」というのが2つ目の疑問でした。

 昆虫の幼虫の多くはウジ虫型で、突起などの付属物をあまりもちません。これは突起をもつことで、呼吸や栄養を隅々まで送るのが難しくなる、脱皮に失敗する確率が高まるといった”コスト”が伴うためと考えられています。突起をもつ幼虫は、それらの不利益を上回る利益を受けているはずです。

 陸上でコケを食べるシリブトガガンボ類の幼虫にとくに発達した突起の役割に着目し、幼虫の運動性と内部構造を調べました。

 すると、体の側面にある肉質突起の内部には筋肉が発達し、その配置はイモムシ(チョウ類の幼虫)のもつ”腹脚”のような構造をなしていることが判明しました。それらの突起は幼虫が前進する際の動きに役立っているようです。

【図3】腹部の内部構造の断面をみると、側面(lateral)の突起内部に筋肉がみられた。背面(dorsal)と腹面突起(ventral)は体表クチクラが発達する。

 シリブトガガンボ亜科の幼虫は(一部の例外を除いて)多くの種が完全に陸上で生活します。陸上では土壌や水の中に棲む他のガガンボ類と比べて天敵に見つかるリスクが高いため、隠蔽的な姿が進化したと考えられます。また、陸上で生活する生物では、土壌生物よりも発達した運動器官をもつ傾向があることが知られます。本群では、側面に筋肉のある突起をもつことで、湿っていて足場の不安定なコケの上を、重心を低く維持しつつ這うように動き回ることが可能になったと考えられます。

 したがって、シリブトガガンボ類の肉質突起は、”擬態”と”運動”という異なる機能をもつ多義的な構造であることが分かりました。

研究の特色

 生態学では、「多様な生物がどのような環境に棲み、互いにいかに関係しあうか」という、生物種間および生物と環境との相互作用の観点を重視しつつ生物の多様性や進化を探究しています。

研究の魅力

 日本各地や海外でフィールドワークをおこなっています。野外では、調査対象の生物の採取といった目的にとらわれずに自由に探索してみることが大事です。心惹かれる現象について観察を続けていると、思いがけない発見に突き当たります。生物間の相互作用や因果関係など、目に見えない”隠れた繋がり”が見えたと実感するとき、かけがえのない真理に触れたというような感動があります。

今後の展望

 シリブトガガンボ類のコケにそっくりな姿は、視覚の優れた捕食者がいたために進化したと考えられますが、そうした天敵は未知です。林床を覆うコケの絨毯で活動する天敵を突き止めようと、解明を進めています。

この研究を志望する方へのメッセージ

研究室でのフィールドワークにて

 私の研究では、擬態する幼虫を通して植物や捕食者との関係性をみるように、ある生物を”窓”として、それを取り巻くさまざまな現象についての疑問を解いていきます。私たちの見ているものは興味や知識、経験などによって選別され、目の前で起きている現象のごく一部しか認識できせん。しかし、生物の視点に立とうとして観察を続ければ、多くの人が見逃してきたものが発見でき、より大きな課題を解く鍵が得られるものです。当研究室では、昆虫をはじめ、ダニ、植物、鳥など、さまざまな生物を対象に研究し、メンバー同士が知見を共有しあうことで、生態系について学びを深めています。