機械学習によるデング熱予測

研究の概要

 デング熱等の蚊媒介感染症は熱帯・亜熱帯地域を中心に地球規模で流行しています。蚊は世界で年間72万5千人の人間を殺す「世界で最も多くの人間を殺す生物」であり、その制御の重要性は、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」の第3目標(健康と福祉)に記されています。蚊媒介感染症への対応には、1)創薬や治療などの医学的アプローチと、2)蚊の生息数や蚊の病原体保有率を低下させる環境科学的アプローチの二つがあります。医師ではない私は、環境科学者として、主に後者(蚊やその生息環境)に焦点を当てた研究開発をフィリピン、インドネシア、バングラデシュ、モザンビークなどの途上国の数多くの研究機関と協力して行っています。

 その一例として、フィリピンのマニラ首都圏で開発したデング熱の感染リスクを気象や土地利用などの環境データから予測する機会学習モデルを紹介します。デングウイルスを媒介するネッタイシマカは、産卵場や幼虫(ボウフラ)・蛹の生息場として水たまりが必要です。この生態に着目して、「降雨→水たまり→産卵・生息場拡大→蚊増加→感染者増加」の一連の関係性を予測する機械学習モデルを開発しました。

 マニラ首都圏の464地区における気象変数(降水量、湿度、気温など)、洪水リスク、土地利用形態(低層住宅街、高層住宅街、商業地、緑地、農地などの24区分)などの環境データと、蚊個体数とデング熱罹患率(人口あたり感染者数)の各データを教師データとして与えて機械学習をさせました。その結果、雨の強さと共に、雨がたまりやすい住宅密集地と商業地の割合が高い地域で、蚊個体数とデング熱罹患率が高まっている傾向が明らかになりました。今後、気候変動で降水量が増えた場合に、特にどのような土地利用形態の地区で蚊媒介感染症リスクが高まるのかを理解する貴重な発見と言えます。

 

研究の特色

 途上国では蚊媒介感染症の医学的治療を受けられない貧困層が多いため、環境科学の視点から、蚊の生息数を制御することが重要です。近年、動物-ヒト間で伝播する感染症に対して、ヒト、環境、動物の各分野の専門家が連携して対応する「ワンヘルス」の考え方が広がっています。しかし、特に途上国では医学分野の専門家に比べて、動物や環境を研究する専門家が圧倒的に足りていません。沿岸環境科学研究センターでは、特に環境と動物に焦点を当ててワンヘルス研究を途上国で推進することに力を入れています。

研究の魅力

 途上国の方々が困っている問題の解決に貢献できることは、研究者としての大きなやりがいだと思っています。例えば、現地で蚊の個体数を調査する際には、多くの家庭にお邪魔して、蚊吸引機を設置して蚊を採取します。その時、住民の方々は、我々を「モスキートバスターズ」として歓迎してくれます。我々としては蚊の生態を調査に採取に来ているだけなのですが、確かに、住民の方にとっては、デング熱退治に来ているとも思えるのかもしれません。しっかり研究成果を出してデング熱抑制に繋げたいと思っていますが、蚊を採るだけでも感謝されるのは、想定外でありますが、それはそれで嬉しいもので、さらに研究を頑張るぞという気持ちにさせてくれます。

 

今後の展望

 上述のような海外研究機関との共同研究を続けてきた結果、愛媛大学初の海外研究拠点となる「愛媛大学-デ・ラサール大学国際共同研究ラボラトリー」(公式HP(英語のみ)https://eudlsu-icrl.weebly.com/)をフィリピンのマニラにオープンしました。現地の遺伝子解析を可能にする実験機器を設置し、現地常駐の研究員・事務職員が海外における愛媛大学の研究や教育を支援する海外拠点として期待されています。今後は、このフィリピンの海外研究拠点をロールモデルとして、より多くの途上国に海外研究拠点を広げて、愛媛大学が途上国で研究を進める基盤づくりを進め、その国際基盤を生かした最先端研究を展開していきたいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

 ヒトの健康を守ることには、医学や薬学はもちろんですが、環境科学や生物学などの多様な研究分野が貢献しています。ワンヘルス推進に寄与できる多様な分野の次世代の研究者が現れてくれることを期待しています。