質量分析による疾患プロテオミクス研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
生体内のタンパク質成分を網羅的に明らかにする
研究の概要
私たちの体は、数万種類にも及ぶ多種多様なタンパク質成分から構成されており、例えば血液の中には約3000種類のタンパク質が含まれていることが知られています。これらのタンパク質のうち、病気との深い繋がりを示すタンパク質は「疾患バイオマーカー」と呼ばれ、その血中濃度を調べることで病気の診断が可能となります。生体内のあらゆるタンパク質成分を迅速かつ高感度に調べることができる「ソフトイオン化質量分析」は、次世代の診断・検査技術として現在注目されており、我々は最新の質量分析装置を用いて、既知の血中マーカータンパク質を迅速に検査するための新しい技術の開発や、新しい疾患マーカータンパク質を探索するための研究を現在行なっています。
研究の特色
私たちの研究グループは、選択反応モニタリング質量分析法と呼ばれる超高感度な分子計測技術と、愛媛大学で開発されたコムギ無細胞タンパク質合成技術を組み合わせることによって、生体試料に含まれる微量タンパク質成分の濃度を高感度に測定するための新しい分析技術を開発することに成功しました。たった一度の解析で、わずか一滴の血液試料から最大で200種類のタンパク質成分の濃度を調べることが可能であり、従来法では困難であった膜貫通型タンパク質であっても精度よく計測できる点に特徴があります。開発した技術を活用して、様々な疾患のバイオマーカータンパク質を明らかにする研究を行っています。これまでに得られた成果としては、愛媛大学大学院医学系研究科 血液・免疫・感染症内科学の長谷川均特任教授の研究グループと共に、血管に炎症が起きる難病「ANCA関連血管炎」の活動性を評価するためのマーカータンパク質候補を同定することに成功しています。
ラボ内に3台の高性能質量分析装置を駆使したタンパク質計測システムを構築。
一滴の血液試料から炎症関連タンパク質を一斉に検出することが可能。
研究の魅力
とても微量な生体試料から、関心のあるタンパク質成分の量をあっという間に知ることができる質量分析法は、生命科学分野において極めて重要な分析技術です。もちろん質量分析は、疾患バイオマーカー研究以外にも、タンパク質が関わるあらゆる研究に使用することができるため、医学・理学・工学・農学の様々な分野の研究者と質量分析を介して共同研究ができることは大きな魅力です。世界中の医学・基礎生物学の研究者が、新しい質量分析技術の開発研究に注目しており、優れた技術にはすぐに国内外から反響があります。
独自開発したタンパク質定量技術はプロテオミクス研究分野で高い評価を受けている。
今後の展望
質量分析は、細胞内のすべての構成要素の働きを包括的に理解することを目的とする「システム生物学」において、タンパク質成分の変動を網羅的に明らかにするための基盤計測技術となることが期待できます。現在我々は、英国リバプール大学プロテオーム研究センターと協力して、人間の体内のすべてのタンパク質成分の濃度を、質量分析を用いて包括的に明らかにするための革新的な定量解析技術「Human MEERCAT法」の開発を進めています。この開発技術によりもたらされる生体内タンパク質成分の網羅的な定量情報は、私たちが様々な生命現象をタンパク質レベルで理解するために欠かせないものであり、システム生物学研究におけるブレイクスルーとなるでしょう。
この研究を志望する方へのメッセージ
この研究分野の間口はとても広く、あらゆる学問背景の研究者を受け入れてくれるでしょう。質量分析装置に触れるだけで、自分の関心がある生命現象を理解するための重要なヒントを簡単に手に入れることができます。得られた知識は、病気の予防や、新しい薬の開発につながるかもしれません。最先端の質量分析装置を駆使することで、新しいタンパク質の計測技術を開発することだって可能です。それは未来の診断・検査技術になるかもしれません。研究を始めるに当たって特別な知識や技術はほとんど必要ありませんが、熱意と好奇心は不可欠です。