研究の概要

 先進諸国では、環境残留性や毒性を示す化学物質の法的な監視・管理体制は強化されていますが、途上国の多くは未だ法規制が整備されておらず、多様な化学物質による環境汚染の拡大や生態影響が危惧されています。そのため詳細な研究が必要とされていますが、先端機器を有しておらず自国で調査を実施することが困難な途上国では、常に国際協力を必要としています。我々の研究グループは、これまで数多くの留学生を受け入れ途上国研究者とのネットワークを構築してきており、主にアジア途上国を対象に、有害化学物質の環境汚染と生物蓄積の実態解明、そしてリスク評価に関する研究を展開しています。

研究の特色

 これまでに我々の研究グループが実施した研究の中で、とくに国際社会で注目・評価された成果として、アジア途上国の都市郊外にある開放型ゴミ集積場では、有害性の高い残留性有機汚染物質(POPs)であるダイオキシン類が自然発火や意図的焼却により非意図的に生成されており、家畜や周辺住民にその曝露が及んでいたことを突き止めたことが挙げられます(参考著書:Kunisue, T. and Tanabe, S.: Dioxin and Related Compounds – Contamination issues in Asian developing countries. The Handbook of Environmental Chemistry, 49, 301–334, Springer, ISSN 1867-979X; ISBN 978-3-319-23888-3)。また多くの途上国では、先進諸国から大量に輸入している中古の電子・電気機器を不適切な方法でリサイクルしていることから、これらの廃棄物 (e-waste) を処理する施設においてはPOPsである臭素系難燃剤(BFRs)汚染が顕在化していることも明らかにしました。さらに最近の先端分析機器を用いた網羅的なスクリーニング解析からは、まだ特定されていない化合物を含む多様な有害化学物質が環境中へ放出されている可能性も見出しており、e-waste作業者の曝露リスクに関する研究にも取り組んでいます。

 

研究の魅力

 本研究では工業化や環境保全対策レベルの異なる複数の途上国を対象に調査研究を展開するため、有害化学物質による汚染起源や動態、そして曝露態様などに関して新規性の高い知見を得ることが期待できます。また、先端分析機器を駆使した解析からは、これまで問題視されていなかった新規の有害化学物質に関する学術的知見が得られる可能性が高く、環境政策等への貢献が大きい成果を挙げられることも魅力の一つです。

今後の展望

 経済成長の著しい途上国では廃棄物の増大が深刻化しており、未だ不適正処理にともなう有害物質の環境放出、そしてヒトへの曝露が懸念されています。また、このような国では下水処理施設が存在しない地域が数多く存在し、工業・生活排水が未処理のまま河川など水環境中へ流入しており、化学物質による水域汚染の拡大と水圏生態系への影響も危惧されますが、包括的な調査研究は実施されていないのが現状です。現地研究者も優先すべき課題と認識していますが、対象物質の化学分析が困難であるなど研究を実施する上でいくつかの問題を抱えています。そのため、引き継ぎ分析技術やデータ解析のノウハウを教示し共同研究の体制強化を進めることで、途上国の環境問題解決に貢献したいと考えています。現在、私の所属する愛媛大学沿岸環境研究センターは文部科学省から共同利用・共同研究拠点「化学汚染・沿岸環境研究拠点(Leading Academia in Marine and Environment Pollution Research:通称 LaMer)」に認定されており、とくに国際共同研究の強化を図っています。

この研究を志望する方へ

 前述したように、人工化学物質による環境汚染と生態影響は先進諸国よりむしろ途上国で深刻化している可能性が高く、今後も継続した調査研究が必要ですが、その際国際協力や技術支援が不可欠であり、アジア地域においてはわが国の国際貢献が問われることは言うまでもありません。「自国だけ」という狭い枠にとらわれず、現地研究者と積極的にコミュニケーションがとれる国際感覚を有した人材が求められます。

研究者プロフィール