柑橘果皮セルロースナノファイバーの特性解明と用途開発

研究の概要

セルロースナノファイバー(CNF)は、髪の毛の1/1000~1/30000程度の幅を有する極微細なセルロース繊維で、多くの機能を有する植物バイオマス由来の新素材です。
一方、愛媛県は柑橘王国として有名ですが、柑橘栽培や果実の加工工程でセルロースを含む廃棄物が発生します。例えば柑橘ジュース搾汁後の残渣は、愛媛県内で年間約1.8万トン発生し、約3割が産業廃棄物として処分されており、有効活用が求められています。現在、CNFの原料としては、木材パルプが主流ですが、食品や化粧品などの用途によっては、安全性の確保された原料が望ましく、柑橘果皮は適していると考えられます。
我々は、柑橘ジュース搾汁残渣(柑橘果皮)を原料として、ペクチナーゼという酵素を用いた穏和で簡便なCNF調製法を確立すると共に、柑橘果皮CNFに乳化能やゲル化能が高い事を見出し、化粧品類や食品類といった用途を論文や書籍で提案してきました。論文で発表した我々の成果が直接使われた訳ではありませんが、後に、参加した産官学連携事業によって、2021年には愛媛県内の企業から柑橘果皮CNFやそれを用いた化粧品類が製品化されています。

研究の特色

柑橘果皮CNFには、①原料の集積が容易、②ナノ化が容易、③高い乳化能、④高いゲル化能、の大きく4つの特色があります。

①②は、原料の特性です。柑橘ジュース製造工程から排出される残渣(果皮)を使用しています(図1)。元々、お金をかけて処理されていた産業廃棄物を利用している為、低コストである上、既に工場に集積された状態で経済的に成り立っており、輸送に係るコストやエネルギーを抑制できます。次に、数多くCNFの原料として研究されている木材パルプと比べて、柑橘果皮に含まれる繊維が細く、ナノ化(微細化)しやすい為、加工工程においても比較的省エネルギーで済みます。我々はさらに、ナノファイバーを得るための前処理として、食品加工でも使用されているペクチナーゼという酵素を用いる事でCNFを作りやすい方法を見出しています(図2)。

図1:柑橘搾汁工場から排出される残渣(左)
これまで用途が無かったイヨカン内皮(右)
図2:酵素処理等の前処理後、3分間の解繊で調製した
柑橘果皮CNF(左)
1.5時間の叩解処理後、2時間のグラインダー処理で調製した
木材パルプ由来CNF(右)

③④は我々が見出した柑橘果皮CNFの特性です。通常、水と油は混じりませんが、CNFには水中に油を微小な油滴として分散し保持する効果があります(乳化といいます)。しかも柑橘果皮CNFは、木材パルプ由来CNFと比べて、水中で微小な油滴として長期間保持しており、乳化能の高い素材です(図3)。

図3:CNFとスクワランオイル混合試料の顕微鏡画像
(a)柑橘果皮CNF、(b)木材パルプCNF

セルロースナノファイバー研究と実用化の最前線,㈱エヌ・ティー・エス,
347-355(2021)

この性質を活かして、保湿オイルを乳化させたハンドジェルを試作したところ、展示会で紹介されました(図4)。大学独自に試作した本品は実用化されなかったものの、先述の産官学連携事業では、同様の性質を使った柑橘果皮CNF入りの化粧品が製品化されています(図5)。

図4:イヨカン内皮CNFを配合したハンドジェル(左)と
展示会(めぐりわ展,東京)での紹介(右)

セルロースナノファイバー研究と実用化の最前線,
㈱エヌ・ティー・エス,347-355(2021)
図5:愛媛県内の製紙会社が実用化したイヨカン果皮CNF(左)とそのCNFを配合した化粧品類(右)

セルロースナノファイバー研究と実用化の最前線,
㈱エヌ・ティー・エス,347-355(2021)

④のゲル化能については、現在、愛媛大学社会共創学部の学生と共に研究中ですので詳細はお見せできませんが、乳酸菌を胃酸から保護する効果を確認しています。これまでCNFに関する研究では、有益な微生物を活かすために使われた研究はありませんでした。我々は、愛媛県特有の原料から調製した安全性の高い柑橘果皮CNFを用いて、有益な微生物を活かす研究に取り組んでいます。

研究の魅力

愛媛県特有のバイオマスである柑橘果皮からつくったCNFは、これまで研究例の多い木材パルプ由来CNFと異なる特性を持っており、新たな用途開発が期待できます。柑橘果皮CNFの乳化能およびゲル化能の発見と応用など、これまで他がやっていない新しいテーマを考案し(見つけ)、実験で仮説通りの結果が得られた時には、イチ研究者として嬉しいものです(予想外の結果ならなお一層)。一見地味で小さな取り組みではあるものの、その瞬間は我々だけが確認している”世界初”の事象です。

また、先ほどの産官学連携事業は、我々のような大学の研究者が、柑橘果皮の有効活用について”0”から”1”を産む姿勢で研究を行い、論文や書籍で発表していたところに、事業のメンバーとしてお声がかかりました。この事業は、愛媛県の方が、県内の製紙企業や大学、国の研究機関を繋ぎ、まとめられたものです。我々の発表した成果が直接、製品化に至った訳ではありませんが、多様な関係者が協働する事によって、個々の成果が直接あるいは間接的に融合しながら”1”から”10”、”100”と発展して実用化に至る様子は、参加していて楽しいものがありました。

原子間力顕微鏡でCNFを観察している様子
クリーンベンチで微生物を扱っている様子

今後の展望

CNFに関する研究分野については、様々な用途開発が行われていますが、微生物と関連する研究は殆どありません。現在、我々は柑橘果皮CNFのゲル化能に着目した微生物資材の開発に取り組んでいます。プロバイオティクスの一種である乳酸菌は、死菌でも免疫賦活作用などもありますが、生菌で腸まで届けば一層有益な効果が期待されます。しかし、種類によっては胃酸で殆ど死んでしまうため、保護する必要があります。柑橘果皮CNFは、食経験のある原料から作られており、比較的安全性が高く、ゲル化能も良好な為、プロバイオティクスの保護材として使える可能性があります。地域のバイオマスを有効利用し得られたCNFを使って微生物を活かす事で、結果的にヒトや地域産業を活かす研究を目指しています。

この研究を志望する方へのメッセージ

光合成によってCO2を固定する植物バイオマスの活用は、2015年に国連総会で設定された「持続可能な開発目標:SDGs(Sustainable Development Goals)」の、複数の項目を達成する手段の一つとなりえます。

例えば製紙産業は、木材という植物バイオマスを活用した産業です。近年、デジタル化や人口減に直結する少子化などの要因によって、紙の消費量が落ちており、紙以外の用途を含めた新しいバイオマス活用産業を創出する必要に迫られています。全国でも有数の製紙会社が、柑橘果皮CNFの製品化に取り組んだのは良い一例ではないでしょうか。
我々は、地域にあるバイオマスの有効活用を目指し、酵素や微生物といった生物機能を使って植物バイオマスからCNFを代表とする有用な素材や物質に変換すると共に、それらを用いて生物機能を高める研究を行っています。地域の植物バイオマスを有効活用し、新しいバイオマス産業を創る為に一緒に研究しませんか?