京都学派の哲学

研究の概要

「哲学(philosophy)」とは、philo-sophia(愛―知)を元来の意味とし、ロゴス(言葉、論理、理性)によって、私たち人間の本質やそのあるべき姿(理想・理念)を考える営みです。約2500年前に古代ギリシアから始まり、中世においてキリスト教と結びつき、近代以降はキリスト教批判も伴いながら、西洋において大きな発展を遂げてきました。自然科学や科学技術が西洋において発展したのも、この「哲学」という「ロゴス」を重んじる営みが西洋に存在したことと無関係ではありません。それで一般的に「哲学(philosophy)」と言えば「西洋哲学」を意味します。

しかし古来、非西洋圏においても、私たちの世界の本質や理想を追求してきた広義の「哲学」あるいは「思想」が存在してきました。たとえば東洋においては、仏教や儒教の思想がそうでしょう。

そうした東洋思想と西洋哲学を総合した「哲学」が、20世紀の前半の「日本哲学」です。この国では、明治期に西洋哲学が本格的に輸入され、伝統的な東洋思想と結びつきながら、独自の哲学が形成されてきました。そうした「日本哲学」の中心となるのが、西田幾多郎(きたろう)、田辺(はじめ)、九鬼周造、三木清、和辻哲郎、西谷啓治など、当時の京都帝国大学(現・京都大学)の教員であった哲学者集団「京都学派」です。

また、彼らは単に伝統思想と西洋哲学を総合させただけでなく、現代に通ずる科学技術文明や資本主義社会において意味のある哲学の形成を試みました。彼らの哲学には、西洋哲学の単なる後追いではない、また時代と格闘した(当時は戦争の時代でした)豊かな哲学が見られます。私は、この「京都学派」の哲学を、西洋哲学との影響関係から研究しています。

研究の特色

「京都学派」の中でも特に、私はその中心人物である西田を研究してきました。彼はものすごい勢いで西洋哲学を吸収し、また自然科学の知見も踏まえながら、それらと仏教など東洋思想をかけ合わせて独自の哲学を形成しました。彼の哲学は極めて難解なのですが、独特なアイディアが見られ面白いものです。近年、海外においても「京都学派」の哲学の研究は活発化しています。

従来の国内外の研究では、彼らの哲学は仏教的な哲学として認知されています。ただし、彼らは単にそれまでの仏教思想の延長ではありません。彼らは西洋哲学をしっかりと踏まえた上で、philosophyという普遍的な場で思索し勝負しようとしました。それゆえ、私は、彼らの東洋思想の伝統の継承の側面も踏まえつつも、彼らが西洋哲学をどのように受け取り、どのように格闘したかを明らかにすることで、その哲学の本質と可能性を取り出そうとしています。

太田裕信著『西田幾多郎の行為の哲学』
(ナカニシヤ出版、2023年)

研究の魅力

上述のように一般に「哲学」というと「西洋哲学」なので、現代日本の「哲学」研究者の多くは「西洋哲学」を研究します。「日本哲学」の研究者は相対的には圧倒的に少ないです。

西田らの「京都学派」の哲学の魅力は、自分たちの生きている伝統思想に目を向けない西洋崇拝でもなく、また伝統的な日本思想や東洋思想に閉じこもるのでもなく、そうした東西の対立を超えて思考したところです。また西洋哲学研究ですと、日本人による研究はどうしても西洋人による研究の後追いになりがちなところがあります。しかし日本哲学研究は、日本語を母語とする日本人がやはりやや有利であり(「やや」と言うのは、日本語ができるからといって「西洋哲学」の知識がなければ彼らの書物を読めるわけではなく、また海外の研究者にも彼らの書物を一級に解釈する方々もいるからです)、それを国際的に発信していくことができることも魅力です。

そもそも「哲学」って何の役につの?と思われるかもしれません。たしかに経済や科学技術の発展のためには役に立たないかもしれません。しかし「役に立つ」ってどういうことでしょうか? 私たちの人生は、お金と技術だけで回っていません。「哲学」はより大きな視点で、人間の本質や倫理について考えます。そうした学問は、現代社会を表面的にではなく根本的に考えるにあたって大きな意味があると思うのです。

フランスの友人と北京で開催された
「世界哲学大会」(2018年)にて

今後の展望

目下のところ、21世紀最大の哲学者の一人であるハイデガーと西田の比較研究を行なっています。その一環として、2022年にはドイツの友人が編集した共著Tetsugaku Companion to Ueda Shizuteruに、両者から強い影響を受けた上田閑照(しずてる)の哲学に関する論文を発表しました。今後は、西田の弟子で、ハイデガーのもとに留学した西谷啓治の哲学を研究の射程に入れています。西谷は「ニヒリズム」という問題に目を向けながら、新たな思想を展開しようとしました。

さらに今後はどのように研究が進展するかは分かりませんが、究極的には西洋と日本という区別を超えて哲学研究を行い、そこから現代社会の本質と理念を考え、学術的にも確かで、また市井の人々にも説得力と魅力のある思想を残すことが、人生の目標です。

この研究を志望する方へのメッセージ

「哲学」を志望する学生は、まず哲学史や概説書、哲学者が書いた現代社会論などを読んだ後、そこで関心をもった哲学者の本をじっくり読んだらよいと思います。また少数だと思いますが大学院で哲学を研究しようという人は、大学時代から語学の勉強をしっかりされたら良いと思います。哲学は英語だけでなくドイツ語やフランス語(少なくともいずれか一方)が要求されます。「日本哲学」であってもそうです。「日本哲学」を志望する人は、西洋哲学の勉強も合わせて、仏教など東洋思想の勉強もしたほうがよいでしょう。
哲学を大学で勉強しても就職に不利となることはありません。私が指導した学生たちも公務員や民間企業で立派に働いています。哲学の卒論を書くためには、論理的思考能力と共に、ありきたり型にはまった思考ではなく、広い視野から見る柔軟な思考能力が必要です。哲学は現代世界を考えるにあたって重要なものだと、今後はもっと認知されていくと思います。関心のある方は、一緒に哲学の森に分け入っていきましょう。

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