極低温の世界で活躍する磁性材料の研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
磁気的な状態変化する温度を制御して比熱を制御する
研究の概要
皆さんは低温というとどのくらいの温度を想像するでしょうか?私の研究テーマでは、主に絶対温度で10K、摂氏だと約-263℃以下という極低温で、温まりにくく冷めにくい(比熱の大きい)磁性材料を探索しています。日本だと寒くても-20℃くらいですので、かなりの低温であるということがわかってもらえるのではないでしょうか。当然人間が生活できるような温度ではありません。そのような低温はどこで利用されているのでしょうか?身近なところでは医療用MRI、面白いところでは宇宙開発です。MRIは超伝導磁石を運用するために冷凍機を使用しています。宇宙開発の分野では、赤外線検出の感度向上のためには冷凍機が必要です。この冷凍機には低温を保持するために蓄冷材という比熱の大きな材料が使われています。冷凍機の冷凍能力を上げるには10 K以下での蓄冷材の比熱を大きくする必要があり、私はこの蓄冷材として使用する新しい磁性材料を研究しています。
研究の特色
磁性材料というと磁石が真っ先に思いつきますが、このテーマの磁性材料はまったく別物です。この研究のポイントはどの温度で磁性材料の比熱を大きくするかということです。比熱は、磁性材料の磁気的な状態が変化をする温度(磁気相転移温度)で大きくなるため、磁気相転移温度を10K以下に制御する必要があります。磁石にも磁気相転移温度はありますが、数百度という高温です。一方、このテーマでは約-260℃という低温に磁気相転移温度がないといけません。低温に磁気相転移温度がありそうな化合物に目星をつけ、実際に作製し、その比熱を測定します。そして、なぜその物性が発現するのかを明らかにします。
試料を作製するにあたり、主に金属を扱っているのですが、多くの場合1000℃以上の高温で溶かす必要があります。図に示すようなアーク溶解炉と呼ばれる2000℃以上の高温を発生させられる装置で金属を溶かして試料を作製します。研究室の学生さんも、一人一人が自らのテーマの試料をアーク溶解炉などで作製して、その比熱を明らかにしています。
研究の魅力
自分の手で実際に材料を作製することとその物性を明らかにすることが魅力です。ほとんどの場合、試料を作製するのが一番大変です。原料を仕込む量や温度など様々な条件を変えて作製します。作製後に目的のものが得られているか調べますが、うまくいかないことが多いので目的の化合物が得られたときは感慨ひとしおです。そして作製できていたらいよいよ比熱など物性を測定します。世界で自分が最初にその材料の物性を知ることができますので、測定中は非常にわくわくしています。学内に測定装置がない場合には、学生さんと一緒に学外の施設に行って実験することもあります。学生さんと一緒に、新しい磁性材料について知見を得るというのも大きな魅力です。
今後の展望
これまでの研究で明らかになった知見を踏まえ、実用化されている材料よりも、より大きな比熱を示す新たな化合物や合金の探索を進めていきます。最終的には冷凍機に実装して、宇宙開発や医療用の冷凍機に利用してもらえるようにしたいと考えています。そのために、実装に向けての基礎研究も行っていきます。企業と協力して新しい磁性材料を世に出して行きたいと思います。
この研究を志望する方へのメッセージ
私の研究では、高校や大学で習う数学や物理学・工学などの知識を使っています。研究を進める上で解析プログラムを作ったりする学生さんもいますので、色々なことに興味をもって取り組んでもらえたらと思います。また、実際に手を動かして実験してみると難しさや面白さがわかると思います。低温実験に触れる機会もあまりないと思いますので、ぜひチャレンジしてみてください。