実験室でミニ地震をつくる
※掲載内容は執筆当時のものです。
高温高圧実験で深発地震発生場の環境を再現することを通して、地震発生のプロセスを解明する
研究の概要
私達が住む地球の表面を覆う何十枚ものプレート(厚さ約60 km)は、その下にある高温のマントルと一緒に移動しています。プレート同士が衝突し、そのプレートが地下深くへと沈み込む過程で地震は発生します。
地震は、その震源位置の深さや場所によって分類されます(図1)。地表付近(地下10~50 km)で起きる浅い地震はプレートの境目や陸の直下で度々起きるため、津波を伴う地震や直下型地震を引き起こします。一方、『深発地震』は深さ300 km以深の沈み込むプレート内部で起きる地震ですが、その発生頻度は高くはありません。
しかし発生した場合にはマグニチュード7クラスに達する場合が多い上、『異常震域』(震源から遠く離れているにもかかわらず強い揺れを観測する場所)を伴うといった特異な性質で知られています。また、深さとともに地震は起きにくくなるのが一般的ですが、深さ400~600 kmでは深発地震の発生頻度が例外的に高くなっていることも知られています。そのため、『カンラン石』(プレートやマントル上部にて最も多い鉱物)の結晶構造が圧力によって変化することがきっかけとなって、深発地震が起きると考えられてきました。しかし深さ400~600 kmは13~20万気圧もの高圧力環境に相当するため、その仮説を証明するための実験は技術的に困難でした。
研究の特色
その仮説を証明するには、実験室におけるミニ深発地震である『アコースティック・エミッション(AE)』を実験的に再現する研究手法が最も有効です。私の研究グループは、深発地震が多発する深さ390~470 kmのプレート内部に相当する温度圧力条件下(600~1100℃、13~16万気圧)でのカンラン石の変形実験を大型放射光施設SPring-8にて行い、AEを検出することに成功しました。これは、実験中に試料の中に断層が形成されたこと、すなわち実際の深発地震が発生する温度条件下における実験での地震発生を人工的に達成したことの証明になります。
実験試料の放射光X線による観察の結果、カンラン石が圧力効果によって結晶構造を変化させる際に、特定の温度(850℃周辺)ではナノ粒子からなる脆弱層を形成することが確認されました。変形のエネルギーがその脆弱層に局所集中することで、瞬間的にその部分が2400℃もの非常に高い温度に達することでカンラン石が溶融し、それに伴うカンラン石の強度低下の結果として断層形成と地震発生に至る(図2)ことが明らかとなりました。
本研究の結果は、カンラン石の模擬物質を用いた先行研究による予測とも一致しているとともに、深発地震の発生がプレート深部の特定の場所(『準安定カンラン石ウェッジ(MOW)』と呼ばれる領域の表面付近:図3)に限定されることを意味しています。MOWの存在は地震観測網によって捉えることができるため、その領域を集中的に監視することで、今後深発地震の発生場所・発生頻度・規模などをモデル化していく上での手掛かりが得られるものと期待されます。
研究の魅力
深発地震のみならず、より浅いところで起きる稍深発地震が『どのようなプロセスで起きるのか?』『何がきっかけで起きるのか?』といった謎は十分に解明されていません。地震をもたらす破壊プロセスはサブ秒~秒の短い時間スケールで進行するため、それを実験室で“見落としなく”観察するのは非常に困難です。しかも、その破壊プロセスは高温高圧が発生している圧力容器内で進行していますので、“見落としの無い”観察は容易ではありません。そのような観察技術は実現不可能と思われてきましたが、SPring-8の超強力な放射光X線と専用の高速度カメラを組み合わせた技術革新によって実現化が進んでいます。地震発生プロセスの詳細が解明されれば、地震発生予測に繋がる手掛かりが見つかるかもしれません。
この研究を志望する方へのメッセ―ジ
震災のたびに、テレビ番組や雑誌の記事等で “地震発生予測は実現不可能である”旨の専門家のコメントを見聞きすることがあるかと思います。しかし、『地震発生場の物質科学』の専門家である私としては、『現在の学問水準では、地震発生が予測可能であるかどうかすら分からないのが現実である』と思っています。当該分野は未だに発展途上にあり、解明されるべき問題が山積しています。一見すると解くことのできなさそうな難問も、関連する研究や技術開発の地道な積み重ねによって解くことができます。根気は必要ですが、地震発生場の物質科学はやりがいのある研究分野です。