陸上植物の共通祖先はどんな生き物だったのか?
※掲載内容は執筆当時のものです。
植物の体づくりの共通原理を遺伝子レベルで解明する
研究の概要
地球には30万種を超える陸上植物が生息しており、地球上のバイオマス(生物の重量)の約8割を陸上植物が占めると言われています。陸上植物には花を咲かせる被子植物の他に、スギやマツなどの裸子植物、種子ではなく胞子で増えるシダ植物や小葉植物、そして維管束をもたないコケ植物が含まれます。最近の分子系統解析により現生陸上植物の全ては約5億年前に緑色藻類から分かれた単一の共通祖先に由来することが示されています。では陸上植物の共通祖先はいったいどのような生物だったのでしょうか?残念ながらその時代の植物の形がわかるような化石は未だ発見されておらず、この疑問の答えを直接知る術はありません。
しかし、生物の進化の歴史は遺伝子(DNA配列)に刻まれており、現生種の体づくり(発生)の仕組みとDNA配列を比較することで共通祖先の特徴を推測することが可能です。私たちの研究室では陸上植物進化の最も基部で他の系統と分かれたコケ植物に属するゼニゴケを主な実験材料に発生の仕組みを遺伝子レベルで解明することを通じて、陸上植物に共通する発生制御機構を理解することに取り組んでいます。これまでの研究では植物ホルモンの一種であるオーキシンに注目し、オーキシン応答機構の起源や進化について解析を進めてきました。
研究の特色
被子植物においてオーキシンは根・葉・花などの器官形成、維管束のパターン形成、光や重力に応じた屈曲応答など生活環全体で発生と成長を制御し、除草剤や発根促進として農業的にも広く利用されています。農業をはじめ産業的に利用される植物のほとんどが被子植物であることもあり、過去のオーキシン研究のほとんどは被子植物を対象に行われてきました。その成果としてオーキシン応答が主にARFというタンパク質を介した遺伝子発現制御により行われることが明らかにされましたが、一方で被子植物ではオーキシン応答に関わる遺伝子の数が非常に多いことが研究の障害になっていました(例:イネはARF遺伝子を25種もつ)。またオーキシン応答機構がいつ・どのように獲得されたのか?という進化的課題も未解明のままでした。そこで私たちは2008年に当時新たな実験モデルとして開発が進められていたゼニゴケ(図1)を使った研究を始めました。ゼニゴケは成長が速い、培養が簡単、遺伝子組み換えの効率が良いなどの利点に加えて、予備的な解析から遺伝的冗長性が低いと推測されていたことから、オーキシン研究の新たなモデルとして有用だと考えたのです。
研究の魅力
私たちはゼニゴケをモデルにした実験から(図2)、ゼニゴケがARFを3種だけもつ被子植物と共通だが最小のオーキシン応答機構をもつことを明らかにし、また3種のARFの基本的な機能の違いを明らかにしました[1,2]。この成果はオーキシン応答機構が5億年前に生きていた陸上植物の共通祖先で既に確立されていたことを意味します。次にOneKPという1,000種を超える植物種の遺伝子配列データベースを使った網羅的な解析から、まずARFが祖先的藻類において遺伝子融合により作られ、次いでARFの活性を制御するスイッチとしてオーキシン受容機構が陸上植物の共通祖先で後付けされたことを明らかにしました[3]。また陸上植物進化の中でシダ植物と種子植物の共通祖先でオーキシン応答機構の複雑化が始まり(図3)、その結果遺伝子発現応答の種類や振幅が増加したことを複数のシダ植物とコケ植物を使った実験で示しました[3]。このように私たちの研究では今生きている植物種を実験に用いますが、その成果を種間で比較することにより数億年の進化の中で起きた出来事に手を伸ばすことができます。宇宙、深海、恐竜など、人は自分では手の届かない世界に憧れを抱くものですが、私たちの研究もこれらの分野に通じるロマンがあると思っています。
[1] Kato H, et al. 2015. Plos Genetics (https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1005084)
[2] Kato H, et al. 2020. Nature Plants(https://doi.org/10.1038/s41477-020-0662-y)
[3] Mutte SK, Kato H, et al. 2018. eLife (https://doi.org/10.7554/eLife.33399)
今後の展望
現在はこれまでのゼニゴケを使ったオーキシン研究をベースに、複数の研究テーマに並行して取り組んでいます。1つはコケ植物とシダ植物の比較解析から発見した陸上植物に共通のオーキシン応答遺伝子の解析です。オーキシン応答機構それ自体は特定の遺伝子群を活性化させるというスイッチでしかなく、今後はスイッチの先で細胞の形や物理的・化学的性質を変化させる仕組みを理解したいと考えています。もう1つのテーマは無性生殖のための器官である杯状体・無性芽(図4)を形成する仕組みの解明です。これらの器官はゼニゴケとその近縁種に特有の器官ですが、近年の研究からその制御にはオーキシンを含む陸上植物に共通のホルモンが働いていることが示されており、陸上植物に共通の発生制御機構の解明につながると期待しています。またゼニゴケを含めモデル生物は他の種と同様に進化の中で特殊化した生物であり、共通原理を理解するためにはより多くの植物種を使った実験が必要だと考えています。将来的にはコケ植物と被子植物の間で分かれた小葉植物やシダ植物を使った実験にも取り組みたいと考えています。
この研究を志望する方へのメッセージ
研究は先人の積み上げた大きな知識の山を登りその上に新しい1段を積むような活動で、基本的には地道な作業の積み重ねにより進んでいくものです。そうした研究活動を支える1番の原動力は未知のものを見たい・知りたいという好奇心だと思います。近年のシーケンス技術の発達により、今やどんな生物でもゲノム(全遺伝子のDNA配列)の解読が可能と言える時代がきており、これまで遺伝子レベルでの研究が難しかった生物種でも研究がしやすくなってきました。植物の形がどうやって決まるのか?その仕組みが進化の中でどう獲得され・変化してきたのか?という疑問に挑戦してみたい人や、お気に入りの植物のここが不思議!という熱意を持った人とぜひ一緒に研究をしたいと考えています。
より詳しい研究成果については研究室のホームページに掲載してありますので、そちらも是非ご覧ください。