客観性の共有過程の解明

研究の概要

数学教育学とは、「数学の教育学」ではなくて、「数学教育の学」です。つまり、算数・数学で人を育てる、算数・数学学習を通して数学的に考える資質・能力を育成し人間形成に資する理論と実践について考える研究分野です。

※以下、「数学」に「算数」を含めます。

その中でも、数学的なコミュニケーションについての研究が私の専門領域です。コミュニケーションを通して、人はどのように数学的な事象を認識し、数学的な知識・概念を構成していくのか、数学的な客観性をどう共有していくのか等を明らかにするために、数学の学習場面での個人の学習プロセスや授業というダイナミックな営みを対象として、そのプロセスを記述・分析しています。

そしてそれらの結果をもとに、「主体的・対話的で深い学び」に資する、学習者間や教師ー学習者間での対話を重視した授業構成論等をを考究し、教育実践や教材研究等に応用します。

算数・数学の学習過程のイメージ
(小学校学習指導要領解説 算数編 p8)

研究の特色

数学はときに科学のコトバとも言われ、自然科学のさまざまな事象が数学的に表現され、処理され、理解されます。それは自然科学のみならず、社会科学や人文科学でも同様です。その数学を人はどのように認識し、どのように活用していくのかについての研究は、人が数学を活用して社会をよりよく生きていく知恵を得ることにつながり、大変重要です。

加えて、数学の世界は創造性あふれる、実に自由な世界であることが特徴です。数、量、式、図形などに関わるものだけでなく、矢印の数学(ベクトル)だったり、ものの集まりの数学である集合論であったり、0から1までの数が対象の確率論であったり、数、量、式など登場せず推論に注目した論理学であったりと、いろいろな数学が存在します。「三角形の内角の和は180度である」数学や、そうではない数学も存在します。その数学モデルの中で無矛盾性・完全性・独立性が確認されれば、それは公理系をなす一つの数学として認められます。

数学は一つではありませんし、数学は唯一絶対の真理でもありません。現実世界とは矛盾するものであっても、数学の世界では認められます。そんな数学を、人はどのように認識していくのか? 数学教育学の研究を通して、人の寛容さ・おおらかさの上に数学の創造性が展開されていることに、改めて気づくことができます。

数学教育学は、理系ぽい文系的な研究であり、文系ぽい理系的な研究でもあることが特色の一つです。

研究の魅力

私が取り組んでいる研究の魅力として次の2つを紹介します。

一つ目は、「数学の知識・概念は本当に客観的か?」という疑問です。小・中・高と、みなさんも数学を勉強してきたと思います。授業という営みにおいて、基本的に同じ一つのコミュニケーションプロセスに全員が参加し学習してきました。しかも、客観的な知識・概念の集合体と言われる数学を学習しているにもかかわらず、その直後にテスト等をして確認すると、人によってその学習で構成された知識・概念はまちまちで、まぁまぁ自分勝手な知識・概念を構成していたりします。この事実を目の当たりにしたとき、「数学は客観的!」というイメージがあれど、学習者が構成している知識・概念は実に主観的で個人的なものであることに気づきます。不思議です。数学的な知識・概念であれば客観的である、とは言えないのです。ここに疑問があり、研究の魅力があります。その主観的で個人的な知識・概念を、人はどのようにして客観的な知識・概念へとその認識を変えていくのか、他者と客観性を共有していくのか、そのプロセスを明らかにしたいと思っています。

二つ目は、「私たちの研究は、理想は目指すものの、終わりはない」という魅力です。 私たちの研究は、学生や地域の先生方そして子どもたちとともに、教育実践を積み重ねながら、理論構築に努めます。構築された理論も、多様な対象者、多様な事象、多様な環境、多様な時代・社会によって、日々修正・改造を余儀なくされ、研究は継続します。ゴールが存在するのか否かもわからない研究であり、かつ、他者と関わりながらずっと研究に取り組むことができ、ずっと若手研究者の気分でいられます。

授業における2つの相互作用過程

今後の展望

現在は、数学の授業や学習場面を調査対象として、数学を認識・理解していくのに、他者との話し合いを積極的に生起させた方が効果的なのか、それとも理路整然とわかりやすい解説を聞いて自己内対話を機能させて学習した方が効果的なのかについて調査をしています。

今後は、他者との対話、自己との対話いずれにおいても、理解に必要な根拠の質に注目し、どのようにして客観的な知識・概念へとその認識を変えていくのかについて研究していきたいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

数学の学習を単に知識・技能などの内容の習得にとどめるのではなく、数学的活動を通して創造性の基礎を養い、すべての子どもたちの人間形成に資する数学教育が求められています。単に「数学を教える」のが上手な先生ではなく、数学の魅力を再確認し、学習の真正のプロセスを理解し、人の可能性を信じた上で「数学学習で人を育てる」「数学学習でいろいろなことを学ぶ」ことに貢献できる、そんな先生が増えることが必要です。

教育学部で数学教育学を研究して、少しでも多くの人たちが、修正・改善し続ける算数・数学教師を目指すことを期待しています。