データサイエンスと運動器科学

研究の概要

日本をはじめとした先進諸国では、65歳以上の人口割合が非常に高く、超高齢社会に突入しています。要介護状態などの周囲のサポートが必要となることから様々な問題が生じてきます。健康で長生きすること、つまり健康長寿を実現することができれば良いのですが、それを阻害する原因の多くが、関節疾患や骨折・転倒などの運動器疾患です。骨が脆く折れやすくなる骨粗鬆症や膝などの関節に痛みが生じて動けない変形性関節症などがその代表例です。これらの疾患には治療法があるものの十分でない場合もあるため、新しい治療法の開発が必要になります。ところが、運動器(骨、筋肉、関節など)そのものが健康を維持するメカニズムについては、まだまだ分からない事が多く、まずは運動器を理解することが重要です。

研究の特色

私たちは、近年急速に拡大・成長しているビッグデータを応用して、データサイエンスに基づいて、運動器を理解することに挑戦しています。自分達で取得したデータに加えて、公共データベースに登録されている様々なビッグデータを独自に解析して、運動器の維持に必要な遺伝子を抽出することで、新しい分子メカニズムの発見と、その遺伝子の機能をコントロールすることで治療法開発につながるような取り組みをおこなっています。

実際の例としては、様々な方法で作った関節炎モデルマウスから遺伝子を抽出して、次世代シーケンサーを用いてすべての遺伝子を網羅的に解析します。関節炎の組織で特徴的に発現が上昇している遺伝子をピックアップしてデータ解析することで、どのようなことが関節炎組織で起こっているのかを理解します。その中でも、私たちが注目したのはUhrf1という遺伝子です。公的データベースに登録されているビッグデータを解析すると、関節リウマチの患者さんの組織でもUhrf1の発現が高いことがわかりました。そこで、Uhrf1遺伝子を欠損させたマウスを作って関節炎を起こすと、通常のマウスと比べて関節炎がひどくなることがわかりました。このことは、Uhrf1が関節炎を抑え込む作用があることを意味しています。そこで、Uhrf1のタンパク質が分解されないような薬剤を投与すると、関節炎の病状が改善することを発見しました(図1)。また、Uhrf1は筋肉の再生や骨の成長にも重要な働きを持っていることも、遺伝子欠損マウスの解析から明らかになりました。

図1

研究の魅力

このようなデータサイエンスを応用した研究では、ある一つの遺伝子に最初から固執するのではなく、まずバイアスのない考え方で、多くの遺伝子を網羅的に解析し、運動器の健康維持や疾患病態のコントロールに重要な遺伝子に出会うことができます。これまでは全く考えも及ばなかった新しい発見がそこにあることが、大きな魅力です。また、このような新しい発見は、これまで誰も見ることのなかった事実と出会えるのみならず、健康長寿を獲得するための新しい治療法の開発にもつながる可能性があることも大変な魅力と言えます。

今後の展望

私たちは、今回紹介した関節炎だけでなく、様々な臓器やがんなどの他の疾患に対しても、データサイエンスを駆使した研究方法を応用しています。生体を理解することから始まり、その理解を応用することで、多様な疾患の治療法開発につなげることを目指しています。

この研究を志望する方へのメッセージ

研究は、「なぜなんだろう?」といった単純な疑問と、それを「知りたい!」という知的好奇心によって前進します。スマホネイティブで情報科学に慣れ親しんだ高校生の皆さんにとっては、データサイエンスを応用した研究は、比較的身近であろうと思います。ぜひ、疑問と好奇心を最大限に活用して、生命の新たな理解とその発展に取り組んでみてください。