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その他 投稿日:2014.03.30
HISTORY 〜医学系研究科医学専攻 暁 清文 教授〜

平成26年3月末退職の医学系研究科医学専攻 暁 清文 教授から大学での思い出を寄せていただきました。

block_57604_01_M 昭和51年4月、医学部耳鼻咽喉科講座開設とともに助手として着任し、その後、平成9年11月から柳原尚明名誉教授の後任として教室運営を担当してきましたが、この3月で退職いたします。着任時の医学部は、のどかな田んぼの中に校舎と病院がポツンとそびえ、周囲は何もないという新設医学部特有の環境でしたが、教室スタッフの数が少ないこともあり、早期より研究、診療、教育に携わる機会に恵まれました。古い大学とは異なり、落ち着いて自由に自分の研究ができるということが私の性にあったのか、38年間の長きに亘る勤務となりました。
 耳鼻咽喉科には様々な専門分野がありますが、私は耳科学に強い興味を持っておりました。研修医時代より聾に対し何もできない医学の状況を歯がゆく思っていましたので、「聾者が聴覚を取り戻す画期的技術」として欧米で研究が始まったばかりの人工内耳を学位テーマに選び、その基礎的研究を行いました。その後、世界初の人工中耳開発プロジェクトに参加することになり、他大学や企業の方々と一緒に仕事をする機会にも恵まれました。人工中耳や人工内耳などの人工聴覚器のその後の発展・普及は目覚ましく、現在では多くの患者がその恩恵を享受しており、草創期にこの仕事に携われたことは幸運でした。厚労省急性高度難聴研究班の仕事も30余年継続し、平成19年の日本耳鼻咽喉科学会総会で「虚血性内耳障害の病態と臨床」というタイトルで宿題報告をさせて頂きました。この時は教室員が一丸となって昼夜を忘れて協力してくれ、おかげでこの時の発表は高く評価され、教室発展の一里塚となりました。
 昭和58年に文部省在外研究員としてスタンフォード大学Goode教授のもとに留学しましたが、この時の経験はその後の臨床・研究活動に大いに役立ちました。Goode教授は私の後任として26年間に13名もの医局員を受け入れて下さいました。医局員の留学はカロリンスカ研究所(Ulfendahl教授)でも受け入れて頂いております。教室員の成長は著しく、私の教授在職中に4名が他医育機関の教授に選出されました。
 現在、愛媛大学医学部の医療技術は都市部の大学に負けないほど高く、パラメデイカルスタッフも優秀です。4年前に私が大動脈解離を起こした時も適切な治療で助けて頂き、これを実感しました。私は人生の大半を愛媛大学で過ごしたことになりますが、この間、多くの方々のお世話になりました。愛媛大学の今後の発展を祈願申し上げます。