研究の概要

私たちの周囲にある空気は、ふだん何も変化していないように見えます。しかし、その中ではさまざまな化学反応が起こっています。自動車や工場などの燃焼過程で発生する窒素酸化物や、植物、塗料や接着剤、燃料などから放出される揮発性有機化合物は、太陽光を受けて反応し、オゾン、アルデヒド類、微小な粒子などを生じることがあります。こうした反応は、大気環境や私たちの健康とも関係しています。

しかし、大気中の化学反応は目で直接見ることが難しく、学校では教科書の図や説明を通して学ぶことが中心です。そこで私は、大気中で起こる化学反応の一部を小さな容器の中で再現し、その変化を観察・測定できる実験教材の開発に取り組んでいます。

例えば、フラスコ内に大気中の物質を模した気体を入れ、紫外線を照射します。反応が進むと、透明だったフラスコの中に白い「もや」が生じ、レーザー光を当てると光の筋が見えるようになります。これは、光を散乱する微小な粒子が生成したことを示しています。また、試験紙の変色や溶液の呈色反応を利用して、オゾンやアルデヒド類などの生成を確かめる方法も検討しています。

研究の特色

この研究の特色は、見えにくい化学現象を、「見える」「測れる」「考えられる」教材へと変える点にあります。現象が見えることは、化学への興味を引き出す大切な入口です。しかし、科学的な探究を進めるには、「変化した」という観察だけでなく、「どの程度変化したのか」を測定することも必要です。

そこで、色の濃さや光の吸収、反応時間などを測定し、数値やグラフとして比較する方法を研究しています。光を当てる時間や物質の量を変えるとどうなるのか、どの条件で粒子が多く生じるのかなどを比較することで、高校生自身が新たな問いを立て、実験を発展させることができます。

現在は、学校でも使用しやすい簡易測定装置の開発も進めています。高価な分析機器だけに頼らず、光源、センサー、容器などを組み合わせ、現象を安全かつ再現性よく測定する方法を考えています。装置をつくり、試し、問題点を見つけ、改良する過程も研究の重要な部分です。

研究室で化学反応を再現できても、それだけでは学校の教材にはなりません。学校で実施するためには、安全性、操作のしやすさ、結果の再現性、器具の入手しやすさ、授業時間などを検討する必要があります。また、教師が手順をすべて示すだけでなく、生徒が条件や測定方法を考えられる余地を残すことも大切です。

私は大学に着任するまで、高校教員として化学の授業や生徒の課題研究を指導してきました。生徒が自ら問いを立て、実験方法を工夫し、結果を発表する活動を支援し、国際学生科学技術フェア(ISEF)への出場や、海外の高校生との国際共同研究にも取り組みました。異なる文化や背景をもつ人と、実験結果を共有しながら研究を進めた経験は、現在の教材開発や探究活動支援にも生かされています。

この研究では、化学反応を理解するだけでなく、装置を設計し、測定方法を工夫し、得られたデータを分析し、結果を分かりやすく表現します。科学、技術、工学、数学に加え、表現やデザインの視点も結び付けながら課題を解決していく点に、STEAM教育としての特色があります。

研究の魅力

透明だったフラスコの中に白いもやが現れ、それまで見えなかったレーザー光の筋が浮かび上がる瞬間には、化学現象を実際に捉えた面白さがあります。しかし、研究の魅力は、現象を見ることだけではありません。

「なぜ、もやが生じたのだろう」「光を強くするとどうなるのだろう」「ほかの方法でも測定できないだろうか」と、新しい疑問が次々に生まれます。一つの現象を見えるようにすることが、次の実験や探究の出発点になります。

私の研究に共通しているのは、身近な科学現象を、学習者が自ら観察し、測定し、考察できる学びへと変えることです。大気研究のほかにも、高吸水性高分子、活性炭、シリカゲルなどの身近な素材を用いた探究的な化学実験教材の開発、青写真などを題材とした化学と美術をつなぐSTEAM教材の研究、高校生の科学研究・探究活動を支援する研究、理科教員を育成するための化学実験教育の研究にも取り組んでいます。

愛媛大学への着任後、新たに研究室を立ち上げました。現在は研究室の学生とともに、化学現象を可視化・計測する実験装置や、学校で利用できる探究教材の開発に取り組んでいます。新しい研究室だからこそ、学生自身の疑問や関心を出発点として、新しい研究テーマをつくることができます。実験方法を考え、装置を組み立て、データを集め、結果を議論しながら、学生と教員が一緒になって研究を形にしています。

また、教職大学院では、現職教員を含むゼミ生とともに、学校現場の課題を研究として捉え直す活動にも取り組んでいます。例えば、授業で生徒がどこにつまずくのか、実験や動画教材をどのように使えば理解が深まるのかといった実践上の問いを出発点に、授業改善と研究を結び付ける指導を行っています。

今後の展望

今後は、大気中の化学反応を観察・測定するための実験条件や方法をさらに整え、高校や大学の授業で実践し、学習者がどのように問いを立て、考察を深めるのかを検証していきます。

また、大気だけでなく、水、土壌、生活環境などに関わる見えにくい化学現象についても、観察し、測定できる教材へと研究を広げたいと考えています。化学が好きな人だけでなく、ものづくり、環境問題、学校教育、子どもの探究活動、STEAM教育などに関心をもつ学生が、それぞれの視点を持ち寄れる研究室にしていきたいと考えています。

この研究を志望する方へ

研究は、特別な知識や大規模な装置がなければ始められないものではありません。身近な現象を見て、「なぜだろう」「本当にそうだろうか」「自分で確かめる方法はないだろうか」と考えることが研究の始まりです。

教育学部で学ぶ教育の視点を生かしながら、私の研究室では、化学を中心に自然科学への理解を深め、その面白さをどのように伝えるか、どのような装置や教材があれば子どもたちが自分で探究できるかを考えます。学生一人ひとりの関心を大切にしながら、新しい研究テーマに取り組んでいるところです。科学を理解し、技術を使って見える形にし、新しい学びとしてデザインする研究に興味をもつ人と、一緒に研究できることを楽しみにしています。