死因究明は最後の医療

研究の概要

病院以外で亡くなった方、死亡の原因がはっきりしないの方の死因を明らかにすることが法医学の主な仕事です。これまで法医学における死因究明の手法は解剖一択でしたが、近年、死体の画像検査を行うことがきるようになり、死後画像診断は死因究明に欠かせないものになっています。

日本で初めての法医解剖は明治時代に東京大学教授、片山国嘉が行った嬰児の解剖に遡ることができます。今も昔も解剖は体の内部を隈無く見て、目で見てわかる異常の有無を確認することが基本です。しかし、医学は日々進歩・発展しており、現代の法医解剖は単に目で見るに留まりません。コンピューター断層撮影(CT)や種々の分析機器を用いた薬毒物検査、顕微鏡を用いた病理組織学検査、DNA分析や遺伝子検査など、事例によって様々な検査を組み合わせることで、死因を突き止めていきます。

解剖検査には手間と時間が必要なことに加え、日本人の死生観ゆえの心理的抵抗もあり、日本における異状死体の解剖率は約12%と低く、多くの異状死体の死因は解剖せずに外表検査(検死)のみで診断されています。外表検査でわかることは限定的で、死因の「誤診」にも繋がりかねません。そこで私たちはご遺体のCT検査をすることで体の内部を検査し、解剖によらない死因診断の精度を高めています。

研究の特色

死後CTは死因診断に大変有用ですが、生体と死体とではCT検査の正常・異常は大きく異なります。私たちは撮影した多くの死後CT画像を解析し、死体特有の所見及び生体と共通の所見を分析することで、死後CT画像の診断基準の確立を目指しています。 薬毒物中毒死の死体は外表検査(検死)では勿論、死後画像診断や解剖でも特徴的所見が認められないことが殆どで、その診断には血液中の薬物濃度が不可欠です。「薬物」「毒物」は自然界に無数にあり、嗜好品であるお酒(アルコール)でさえ、適量を超えれば「毒」となります。解剖事例では可能な限り血液を採取して、まずスクリーニング(数多の物質の中から原因となる薬毒物を絞り込む作業)をして、ある程度絞り込めたら各々に適した分析法によりターゲットとなる物質を特定して定量、最終的に致死的濃度かどうかを判断して死因を特定します。私たちはこれまで定量分析できなかった薬毒物の新たな分析手法の開発と、既存の分析法より迅速・簡便な薬物分析法の確立を目指しています。

研究の魅力

死因究明は最後の医療です。死因を明らかにすることは、死者の尊厳を守ると同時に、ご遺族が死を受け入れるためのグリーフケア(死別などによる悲嘆grief、からの立ち直りを支えること)でもあります。また、正しい死因診断は日本の疾病構造を明らかにし、未来の医療施策を講じる根拠資料になりますし、過失事故を明らかにすることで事故防止にも役立ちます。このように法医学は死者のためだけの医学ではありません。生きている人に繋がり、役立つ点が魅力だと思います

法医解剖の様子

今後の展望

データに基づいた死因診断に挑戦します。経験則に因ることが多かった法医解剖ですが、薬物の血中濃度、血液検査の数値、死後画像の所見等、客観的指標を死因診断に取り入れたいと考えています。心臓が止まった瞬間から死後変化が始まり、それは死体が置かれた環境(温度、湿度等)によっては大きく影響を受けるため個体差が大きく、生体における正常値をそのまま死体に当てはめられないことが大きな課題ですが、これが克服できれば大きなブレークスルーとなります。

この研究を志望する方へのメッセージ

「死体は語る」という名著がありますが、丁寧な解剖と小さな差異を見逃さない観察力、論理だった考察によってしかその声は聞こえてきません。難解な事例において、死因と死亡に至った経緯が判明した時にはバラバラだったパズルのピースがピタッと合うような感動があります。