研究の概要

昨今の機械翻訳などの発達で、人が言語を学ぶ意味を問われることが増えてきました。言語を学ぶことはかなりのエネルギーを必要としますし、時間もかかります。「自分が言いたいことを機械が瞬時に翻訳してくれるのだから、敢えてしんどい思いをして勉強しなくてもよいだろう」ということも時々聞かれます。このような時代に、時間と労力をかけて言語を学ぶ意味とはどのようなことなのでしょうか?何が原動力となって人は言語を学ぶのでしょうか?この、「人はなぜ言語を学ぶのか」というのが、私が主に研究していることです。

多言語学習者の動機づけについてまとめた本

言語にまつわる研究としては、個別言語の構造を明らかにする、言語Aと言語Bを比べる、コミュニケーションの仕組みを調べる、など様々なアプローチが可能ですが、私の場合は、言語を学ぶ「人」に興味があります。上の「人はなぜ言語を学ぶのか」は、分野では「外国語学習動機づけ」と言われ、具体的な動機づけとしては、実利的な理由、学んでいる言語そのものが好き、文化に興味がある、将来就きたい職業に関係している、など、実に様々あり得ます(高校生だと、受験のため、という理由が大きいかもしれません)。私の研究としては、初期の頃は外国語の中でも英語を学ぶ動機づけについて調べていたのですが、最近は、多言語を学んでいる人の動機づけに興味があります。多言語を学ぶということは、例えば英語のみ学ぶような場合よりもさらに大きな労力と長い時間がかかりますので、このような大変なことに敢えて取り組む人の動機づけは非常に特徴的であり得るとともに、これから何か言語を学んでみようという人にとっては、様々なヒントが隠れている可能性があります。

研究の特色

日本では外国語というと英語の存在が大きいこともあってか、外国語学習動機づけ研究も英語を中心に発展してきました。一方、多言語学習動機づけについては、まだまだ未解明の部分が多くあります。世界的にみると、最近は多言語学習動機づけについても少しずつ研究が進んできたものの、やはり全体として見ると英語が中心であり、また、海外の研究で分かったことをそのまま日本に当てはめるのは難しいこともあります。日本の社会的、教育的、あるいは経済的状況を踏まえた上での多言語学習動機づけ研究はあまり進んでおらず、それ故、意味を感じる研究でもあります。

研究の魅力

外国語学習動機づけの研究は、第二言語習得論の中でも、教育的示唆が多いと言われます。つまり、研究で明らかになったことを、教育に活かしていったり、それぞれの学習者が参考にしたりできる可能性が高いということです。普段の授業でも、学生と一緒になって言語学習の意味を考える機会が多くあります。この分野のこれまでの様々な研究で分かっていることを伝え、学生から「自分の今までの学習を振り返ることができた」「今後の学習のヒントが得られた」などと言われることは励みになります。また、言語学習について研究するということは、私自身が言語を学んできた過程を振り返ったり、自分の言語に対する姿勢を考えたりということにもつながっていて、魅力が尽きない分野です。

今後の展望

自分の研究の興味が英語学習動機づけのみだった状態を、多言語学習動機づけに広げてくれたのは、長く研究に協力してくれ、書籍の形で紹介した、2人の多言語学習者でした。2人が高校から大学、大学院、社会人という時間を過ごしていた9年間の多言語学習の様子について何度もインタビューさせてもらうことで、彼らの学習の様子からいろいろなことを考えさせられ、研究の興味も広がりました。時代の流れがどうであれ、元々の言語で理解したい、相手の言語を学んでコミュニケーションしたい、言語を学ぶことで相手との距離を縮めたい、興味がある言語はどんどん学習していきたい、という姿勢から、様々なことを学ばせてもらい、最近は、「なぜ学ぶのか」から少し広がり、「人にとって言語とはどのような存在なのか」を考えるようになりました。今後は、言語学習者についての「動機づけ」と言われるもの以外にも研究の対象を広げ、言語を学ぶ人について調べていきたいと考えています。

この研究を志望する方へ

高校までは、外国語、あるいは英語というと、授業科目の1つであり、「勉強の対象」という側面が大きいと思います。大学に入ると、「勉強の対象」から「研究の対象」になる可能性が出てくるとともに、「コミュニケーション」の側面も大きくなります。言語や言語学習は、研究の対象として捉えると、興味深い内容が山のようにありますし、学問として捉えていくことで、思いもよらなかった新しい発見があるはずです。

一例を挙げると、先日、学生を引率して母校のハワイ大学マノア校で研修を行い、第二言語習得に関連した現地の専門課程の授業を参観した(ディスカッションにも参加しましたので授業に「参加した」という方が正確かもしれません)際に、そのうちの1つで、「バイリンガルとは何か」ということが取り上げられました。そこでは、2つの言語(あるいはそれ以上)について、日常生活で定期的に使っていれば、その両方で「母語話者並」でなくてもバイリンガルに当てはまる、という広い定義が紹介され、参加した学生は、自分達が何となく考えていた「バイリンガル」の定義の修正を試み、自分もバイリンガルだと捉えることができると気づき、大きな刺激を受けていました。言語や言語学習についてこれまで当たり前と考えてきたこと(あるいは特に考えることもなかったこと)を一緒に再考し、今後の学習につなげていってみませんか。