見えない電気を“見える化”する技術-電力ケーブル絶縁層内の電界分布計測-
※掲載内容は執筆当時のものです。
電力機器の信頼性を支える絶縁材料の「健康診断」
研究の概要
私たちの暮らしは、発電所でつくられた電気を家庭や工場へ安全に届ける電力システムによって支えられています。その中で、電力ケーブルは電気を運ぶ重要な役割を担っています。特に高電圧で使用されるケーブルでは、導体のまわりを高分子絶縁材料で覆うことで、電気が外部へ漏れたり、短絡したりすることを防いでいます。しかし、絶縁材料の内部では、外からは見えない電界や電荷の分布が時間とともに変化しています。電界とは、電気的な力が働く場の状態を表す量であり、絶縁材料の中で電界が局所的に強くなると、そこから材料の劣化や絶縁破壊が引き起こされる可能性があります。
一般的に、絶縁体の帯電といえば、摩擦や静電気によって表面が電気を帯びている状態を連想します。しかし高電界下に置かれた絶縁体の帯電は表面にとどまらず、材料内部に電荷が蓄積することがあります。この材料内部に存在する電荷を「空間電荷」といいます。私たちの研究では、このような目に見えない空間電荷や電界の分布を、位置情報を保ったまま、正確かつ高感度で計測する技術の開発に取り組んでいます。人間が健康診断によって病気の兆候を早期発見するように、絶縁材料の内部状態を調べることで、劣化や故障の兆候を見つけることができます。
研究の特色
この研究の特色は、電気現象を単に外部回路電流の増減から類推するのではなく、絶縁材料内部の電界や電荷の分布を空間的に評価しようとする点にあります。この評価において必須となる計測技術が、1990年代に東京都市大学名誉教授の高田達雄先生らによって発明された、パルス静電応力法 (PEA法)です。PEA法が登場して以降、我々は絶縁材料内部のどこが帯電しているのかを知ることができるようになりました。我が国における絶縁材料研究の発展に、PEA法が大きく寄与してきたことは言うまでもありません。
現在、私が所属している愛媛大学の高電圧工学研究室では、この日本発のPEA法をさらに進化させることに注力しています。2025年度に我々が考案したステップ静電応力積分法(SEAI法)は、絶縁劣化診断への応用が期待される新たな計測手法です。最大の特徴は、従来法よりも一桁以上高い検出感度にあります。従来法では観察が難しかった低電界下での厚い絶縁材料内部の電界分布をも、SEAI法なら可視化できます。劣化した電力ケーブルの場合、低電圧でも空間電荷が徐々に侵入し、電界分布が変化します。SEAI法はこうした微小な変化を捉えることができるため、今後の材料評価や劣化診断への応用が期待されています。
研究の魅力
この研究の魅力は、普通は見ることのできない電気の振る舞いを“可視化”できることです。絶縁材料中の電界や空間電荷は、直接見ることも触れることもできません。しかし、計測装置を工夫し、得られた微弱な信号を丁寧に解析することで、電荷がどこに存在し、電界がどのように分布しているのかが少しずつ明らかになります。実験では、期待したような信号が得られないことも少なくありません。ノイズの影響を受けたり、試料の状態によって結果が変わったりすることもあります。しかし、そのような困難をひとつひとつ解決し、見えなかった現象がデータとして現れたときには、大きな達成感があります。まるで暗闇の中に隠れていた構造を、少しずつ照らし出していくような感覚です。さらにこの研究の成果が、電力インフラの安定と発展に直接的に寄与し得ることも魅力のひとつです。この高感度計測技術を活用することで、これまで見えなかった現象の解明や新たな診断技術の創出が期待されています。
今後の展望
今後、電力システムでは直流送電や再生可能エネルギーの大量導入、電力機器の高性能化がますます進むと考えられます。それに伴い、絶縁材料にはこれまで以上に高い信頼性が求められます。特に直流高電圧下では、空間電荷の蓄積によって絶縁材料内部の電界分布が大きく変化するため、その挙動を正確に理解することが重要です。
私たちは、ケーブル絶縁層を観察対象とした電界計測技術をさらに発展させ、実機に近い条件での評価や、長期課電時の劣化診断への応用を目指しています。また、計測によって得られた知見を材料開発にフィードバックすることで、より高性能で信頼性の高い絶縁材料の設計にも貢献できると考えています。
将来的には、電力機器の内部状態を非破壊で診断し、異常の兆候を早期に検出する技術へと発展させたいと考えています。電気を安全に使い続けるためには、壊れてから調べるのではなく、壊れる前に内部の状態を知ることが重要です。愛媛大学発の計測手法が、次世代の電力インフラを支える基盤技術のひとつになることを期待しています。
この研究を志望する方へ
この研究では、電気電子工学の基礎に加えて、超音波、高分子化学、回路設計、計測、信号処理、コンピュータシミュレーションなど、幅広い知識と技術を使います。最初からすべてを理解している必要はありません。大切なのは、「なぜこの現象が起きるのか」「どうすれば測れるのか」と粘り強く考える姿勢です。
高電圧や絶縁材料の研究と聞くと、少し特殊で難しい分野に感じるかもしれません。しかし、私たちの生活を支える電力インフラの安全性と信頼性に深く関わる社会的意義の大きい研究分野です。実験装置を自分で工夫し、得られたデータから現象を読み解く過程には、ものづくりと科学の両方の面白さがあります。見えないものを見たい、社会を支える技術に関わりたい、電気や材料の不思議を深く理解したいという方は、ぜひ一緒に研究に取り組んでみませんか。小さな信号の中に、電力技術の未来を変えるヒントが隠れているかもしれません。
参考
https://sites.google.com/view/new-hv-ehime-u/home?authuser=0




